日吉川秋斎 From Wikipedia, the free encyclopedia 日吉川 秋斎(ひよしがわ しゅうさい)は、浪曲の名跡。 日吉川 秋斎(1900年1月12日 - 1970年5月9日)本名は阪井梅之助。浪曲親友協会会長(1963 - 1964年)。 大阪市出身。1912年初代日吉川秋水の弟子となる。戦後、ケレン(お笑い)読みで人気になった。『左甚五郎』『水戸黄門漫遊記』を得意とした。 1970年5月9日、胆嚢炎のため、枚方市協立病院で死去。墓所は、大阪市東淀川区の宮原墓地。 弟子には斎東満、泉和子他。 2代目 日吉川 秋斎(1911年8月16日 - 1981年1月4日)本名は下仲市松。 兵庫県川辺郡の生まれ、1932年に初代の門下で日吉川斎蔵、1935年に千日前愛進館で初舞台、1941年に一時「太刀原幸門」の名で安来節を取り入れた浪曲・音頭ショウ『太刀原幸門ショウ』をやったこともあったがその後浪曲に専念し1974年に日吉川鯉三郎を経て1975年に2代目を襲名した。初代譲りのケレン読みのネタ『左甚五郎』『水戸黄門漫遊記』を得意とした。 1981年1月14日、大阪市福島区で死去。69歳没。 『太刀原幸門ショウ』時代のメンバー 太刀原富子(秋斎の妻で後に日吉川トミ子の名で曲師。) 太刀原幸夫 ほか多数 関連項目 ジョウサンズ - 日吉川一門の若手女性歌謡浪曲グループ この項目は、お笑いタレント・コメディアン(これらの関連記事を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:お笑い/PJ:お笑い)。表示編集 Related Articles