日本クリスチャン・アカデミー
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アカデミー運動の日本国への導入には、西ドイツでは創立者のエーバーハルト・ミュラーを政府・与党が支援し、日本国では元衆議院副議長の杉山元治郎[注 2]が尽力した[3][5][8][9]。1961年(昭和36年)5月15日に財団法人に認可された当初は、宿泊施設や集会所を借りて事業を行ったが、エバンゲリシェ・アカデミーより資金援助を得て、1963年(昭和38年)10月5日に大磯アカデミーハウス(大磯町)を、1967年(昭和42年)10月20日に京都アカデミーハウス(京都市)を開設した[3][4][5][8][9][10][11][12]。1977年(昭和52年)9月には白老アカデミーハウス(白老町)も開設した[12]。
大磯アカデミーハウスは、ドイツ人弁理士カール・フォークト邸を譲り受け、その地に施設を整備した[11][13]。整備資金は、エバンゲリシェ・アカデミーからの8,500万JPYと日本国内で集めた募金で賄われた[11]。後年、隣接する大磯プリンスホテル[注 3]からの要請に応じ譲渡し、1988年(昭和63年)3月に箱根町に移転して箱根アカデミーハウス[注 3]となった[12]。しかし利用者減から1996年(平成8年)11月に閉鎖した[12][13]。1997年(平成9年)3月に白老アカデミーハウスも閉鎖したことから、東日本の拠点が失われることとなった[12][13]。そこで、日本キリスト教会館(新宿区)の6階と7階を購入し、1999年(平成11年)3月に関東活動センターを置いた[12][13]。
京都アカデミーハウスは、実業家野田銕五郎邸を譲り受け、その地に施設を整備した[15][10]。整備資金は、エバンゲリシェ・アカデミーが3,500万JPY、北米外国伝道会議が2,000万JPY、日本船舶振興会が3,600万JPYを補助し、残りの6,000万JPYは松原與三松や松下幸之助らが関西経済界に募った[10]。2012年(平成24年)の大改修にあわせ、施設名称を「関西セミナーハウス・修学院きらら山荘」に改めた[6]。
2013年(平成25年)4月に公益財団法人に移行し、現在は関西セミナーハウス・修学院きらら山荘が収益事業を、関東活動センター及び2004年4月に設置した関西セミナーハウス活動センターが公益事業を担っている[6][12][16]。