日本グラフィック展
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歴史
1980年に吉祥寺パルコで第1回が開催された[5]。応募作品の多くは1970年代から隆盛を誇っていたスーパーリアリズムであったが、大賞にはそれらと一線を画する、伊東淳の手書き画が受賞した[6]。1982年の第3回ではヘタうま的な作品が多くを占めることになり[3]、日比野克彦がダンボールを素材にした作品で大賞を受賞した[7]。
日比野は時代の寵児となり、スターを輩出した日グラの第四回応募には、渋谷パルコを取り囲む長蛇の列ができた[4][8]。1984年には、平面表現を超えた凸表現のある作品が見られるようになったグラフィック展から派生させ、立体物の公募展である日本オブジェ展を始めた[9]。日本グラフィック展は、1986年の第7回以降はアート化の傾向を強めた[10]。その後も1991年にかけて継続され、全12回の開催実績を持つ[11]。
その後は、日本オブジェ展とオブジェTOKYO展(日本オブジェ展から改称)が統合したアーバナート(URBANART)展が1999年にかけて開催された[12]。