日本弘道会
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 創立者 | 西村茂樹 |
|---|---|
| 団体種類 | 公益社団法人 |
| 設立 | 1876年4月7日 |
| 所在地 |
東京都千代田区西神田3丁目1番6号 日本弘道会ビル8階 北緯35度41分51.26秒 東経139度45分13.05秒 / 北緯35.6975722度 東経139.7536250度座標: 北緯35度41分51.26秒 東経139度45分13.05秒 / 北緯35.6975722度 東経139.7536250度 |
| 起源 | 東京修身学社 |
| 主要人物 | 西村茂樹 |
| 活動地域 |
|
| 主眼 | 道徳の尊厳性を認め、同時に人類文化の推移変化に対応して、合理的普遍的な道徳理念の探求とその実践に努め、社会正義と世界平和に寄与することを目的とする[1]。 |
| 活動内容 | 道徳教育の振興普及を推進しており、1,600名の会員を擁し、機関誌「弘道」の発行、シンポジウム、フォーラムの開催、西村茂樹研究論文の募集、西村茂樹全集の刊行など幅広い活動を実施する。 |
| ウェブサイト | https://www.nihon-k.or.jp/ |
1876年、西村茂樹が東京修身学社を設立[2]。1884年に日本講道会と改称され[2]、さらに1887年には日本弘道会へと改組した[2]。創立理念は、儒学と西洋哲学の共通点を「真理」と定め、それを日本道徳の「標準」とすること、その「標準」を広く普及・実行するための道徳の会を設立することであった[2]。1887年9月、会長に西村茂樹、副会長に南摩綱紀、常議員に日下部三之介らが選出された[2]。同年11月、機関誌『弘道会雑誌』を刊行[2]。1889年10月『日本弘道会叢記』と改称し、さらに1892年5月から『日本弘道叢記』と改称した[2]。
国民道徳の普及に努め、教育勅語の皇室中心主義の政府の政策を民間から支えた[3]。
1914年に社団法人の認可を受け、現在の拠点である東京都千代田区(当時は神田区)に弘道会館建設用の敷地を購入[4]。2011年には内閣総理大臣の認定する公益社団法人に移行し[5]、また文部科学大臣所管の社会教育関係団体となっている。現在の事務所が入居する日本弘道会ビルは1985年に竣工[6]。
機関誌は、1903年7月号より『弘道』と改題し[7]、1999年には通算で1000号に達した[5]。公式サイトでは、大正時代からのバックナンバーがダウンロードできるようになっている[8]。