1931年に同社は城崎町の元町長が町おこしの一環として設立した。同年7月1日に日本海航空と命名された。同年7月22日午前11時37分に三菱式MC1型旅客機が到着した。同機は元陸上機であったのだが名古屋にて水上機に改造されている。同年7月28日から遊覧飛行が開始された。
10月10日には城崎から松江までの定期航空路の開設に着手した。同日午前9時52分に城崎を離水し、午前11時26分松江宍道湖に着水した。
1936年に逓信省から松江ー大阪定期航空路放棄を要請された。その後遊覧飛行などを細々と続けていたが、日中戦争の影響により遊覧飛行を含め城崎温泉客が少なくなり会社の存続は不可能となったため、1940年1月23日に解散が臨時株主総会にて決議され、同年12月20日に清算事務が終了し解散した。