日根野孫次郎 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 戦国時代 - 安土桃山時代生誕 不明死没 不明別名 孫二郎 凡例日根野 孫次郎時代 戦国時代 - 安土桃山時代生誕 不明死没 不明別名 孫二郎幕府 室町幕府主君 松浦虎→織田信長→中村一氏氏族 日根野氏父母 日根野孫七郎?テンプレートを表示 日根野 孫次郎(ひねの まごじろう)は、戦国時代から安土桃山時代に和泉国で活動した武士。 父と見られる日根野孫七郎は三好実休や三好三人衆に与した松浦虎から所領を安堵・給付されている。しかし、虎の同族である松浦光が天正3年(1575年)に織田信長に臣従したのに従い信長方へと付いている。翌天正4年(1576年)5月7日の天王寺の戦いでは松浦虎の補佐役(「四人之者」)である寺田生家や松浦家と共に信長方として参戦したものの、傷を受けたという。同年6月18日には堀秀政に傷が癒えたら上洛すべき旨を伝えられており、12月13日には直政から信長に孫次郎の軍忠が報告されている。その後は豊臣秀吉による天正13年(1585年)の紀州征伐にも従軍し根来寺や雑賀衆と戦っているが、中村一氏に従って和泉国日根郡から近江国水口へと移住している[1][2][3]。 脚注 [脚注の使い方] 注釈 出典 ↑ 松原市史編さん室『松原市史資料集 第5号 (松原年代記(古代・中世))』(松原市、1976年) ↑ 柴田実『泉佐野市史』(泉佐野市、1958年) ↑ 『大阪編年史 第2巻』(大阪市立中央図書館、1967年) 関連項目 Related Articles