日田市立花月小学校
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 日田市立花月小学校 | |
|---|---|
北緯33度21分56.2秒 東経130度58分18.5秒 / 北緯33.365611度 東経130.971806度座標: 北緯33度21分56.2秒 東経130度58分18.5秒 / 北緯33.365611度 東経130.971806度 | |
| 過去の名称 |
花月学校 公立花月小学校 簡易花月小学校 尋常花月小学校 花月尋常小学校 花月尋常高等小学校 日田市花月国民学校 |
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 | 日田市 |
| 校訓 |
やさしく かしこく たくましく |
| 設立年月日 | 1874年(明治7年)10月1日 |
| 閉校年月日 | 2007年(平成19年)3月31日 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 分校 |
伏木分校(1957年廃止) 1892年 - 1957年 |
| 学期 | 3学期制 |
| 所在地 |
〒877-1223 大分県日田市市ノ瀬町1456番地 |
| 外部リンク | 公式サイト |
- 校訓
- 「やさしく、かしこく、たくましく」
- 花月五心
- 「はい」という素直な言葉
- 「ありがとう」という感謝の心
- 「すみません」という反省の心
- 「おかげさま」という謙虚な心
- 「わたしがします」という奉仕の心
- 校章
- 校歌
- 作詞は石井敏夫、作曲は菊竹君平による。歌詞は3番まであり、各番の歌詞中に校名の「花月校」が登場する。
沿革
- 1874年(明治7年)10月1日 - 花月村一ノ瀬に民家を借用の上、「花月小学校」が創立[1]。
- 1878年(明治11年)- 伏木の山本庄屋宅に分教場を開設。
- 1881年(明治14年)4月 - 花月村秋原に村税をもって校舎を建設。
- 1887年(明治20年)4月 - 小学校令施行により簡易科(3年制)を設置の上「簡易花月小学校」に改称。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、日田郡2村(三和・花月)が合併し「三花村」が発足。
- 1890年(明治23年)10月 - 尋常科(4年制)を設置の上「尋常花月小学校」に改称。
- 1892年(明治25年)
- 1908年(明治41年)4月 - 改正小学校令により、尋常科(義務教育年限)が4年制から6年制に改められる。尋常科5年を新設。尋常科6年のみ三和尋常高等小学校に委託。
- 1912年(大正元年)
- 1928年(昭和3年)- 翌年の高等科の併置に向け、校地・校舎の拡張および増築を実施。
- 1929年(昭和4年)4月1日 - 高等科(2年制)を併置の上「花月尋常高等小学校」(尋常科6年・高等科2年)と改称。
- 1940年(昭和15年)12月11日 - 1町6村の合併により「日田市」が発足。
- 1941年(昭和16年)
- 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革が行われる(六・三制の実施)。
- 1948年(昭和23年)4月1日 - 日田市立北部中学校花月分校が併設される。
- 1949年(昭和24年)- 伏木地区の5・6年生は従来本校へ通学することになっていたが、伏木分校へ通学することとなる。
- 1950年(昭和25年)- 中学校花月分校の校舎が完成。
- 1954年(昭和29年)- 講堂が完成。
- 1956年(昭和31年)4月1日 - 花月分校が北部中学校から分離の上「日田市立花月中学校」として独立。
- 1957年(昭和32年)4月1日 - 伏木分校が分離の上、日田市立伏木小学校[2]として独立。
- 1958年(昭和33年)4月 - プールが完成。花月中学校が日田市立戸山中学校に統合される。
- 1962年(昭和37年)3月 - 本館を現在地に改築[1]。学校給食を実施。
- 1968年(昭和43年)4月 - 給食がセンター方式となる。
- 1974年(昭和49年)10月 - 開校百周年記念式典を挙行。タイムカプセルを埋設(50年後に開封予定とする)。
- 1985年(昭和60年)2月 - 保健室を改造。
- 1987年(昭和62年)3月 - 運動場を拡張。
- 1988年(昭和63年)3月 - 体育館が完成。
- 1994年(平成6年)3月 - 新プールが完成。旧プール跡地に遊戯場を移設。
- 1996年(平成8年)2月 - コンピュータを設置。
- 1999年(平成11年)11月 - 第1回花月小まつりを開催。
- 2001年(平成13年)6月 - 花月小学校の教育を考える会を設立。
- 2006年(平成18年)2月 - 三和小学校への統合に合意。
- 2007年(平成19年)
閉校および統合、閉校後について
少子化に伴い日田市立三和小学校と統合することになり、2007年(平成19年)3月末に閉校した[1][3]。同年3月11日に行われた閉校式の際に奥華子の『笑って笑って』が歌われたが、その様子を撮影したビデオを見て感動した奥は、同年9月29日に日田市でコンサートを開催し、当校の児童と『笑って笑って』を合唱した[4]。
閉校後は、ホタル観賞会やウォーキング大会等の地区のイベントに利用された。しかし、跡地にコミュニティーセンターが建設されることとなり、2017年(平成29年)4月30日に校舎お別れ会を実施後、校舎の取り壊しが行われることとなった[1]。取り壊される校舎は木造2階建で、延床面積672m2。コミュニティーセンターは木造平屋272m2で、2018年(平成30年)4月14日に開所した[3][5]。
なお、1974年(昭和49年)の開校百周年記念式典の際に埋設されたタイムカプセルは、当初50年後の2024年開封を予定していたが、2007年(平成19年)に閉校した後、2017年(平成29年)の校舎解体が決定されたため、埋設から43年後の2017年(平成29年)に開封された[1]。
交通アクセス
周辺
- 心和寺
- 浄應寺
- 市ノ瀬川
