旧矢作家住宅
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所在地
山形県新庄市大字泉田字往還東460番地
位置
北緯38度48分40.4秒 東経140度19分35.2秒 / 北緯38.811222度 東経140.326444度座標: 北緯38度48分40.4秒 東経140度19分35.2秒 / 北緯38.811222度 東経140.326444度
旧所在地
山形県新庄市萩野
類型
家屋
| 旧矢作家住宅 | |
|---|---|
| 所在地 | 山形県新庄市大字泉田字往還東460番地 |
| 位置 | 北緯38度48分40.4秒 東経140度19分35.2秒 / 北緯38.811222度 東経140.326444度座標: 北緯38度48分40.4秒 東経140度19分35.2秒 / 北緯38.811222度 東経140.326444度 |
| 旧所在地 | 山形県新庄市萩野 |
| 類型 | 家屋 |
| 形式・構造 | 寄棟造/茅葺 |
| 延床面積 | 桁行(間口)16.4m、梁間7.8m |
| 建築年 | 江戸時代中期(推定) |
| 文化財 | 国の重要文化財 |
旧矢作家住宅は、江戸時代中期(18世紀中期)に建てられたと推定される、最上地方の典型的中層農家の住宅である[2][3]。
もとは新庄市萩野地区内に建っており、明治時代と大正時代に改造・増築されたが、新庄市が譲り受けてから1975年(昭和50年)に解体の上、現在地へ移築復元された[3]。山形県内でも古い形式を保っている。
住宅の形態は、日本海側地域によく見られる片中門造りで、馬屋部分が前に張り出す構造をとる。間取りは、土間、まや(馬屋)2箇所、「にわ」と呼ばれる作業場が屋内の中心にあり、奥には「ながし」(台所)がある。建物の中心には「えんなか」と呼ばれる居間があり、床板には囲炉裏が切られ、天井はなく、屋根材が張り出されている。「上のでん」、「下のでん」と呼ばれる寝室があり、「えんなか」より床が高く天井が張られている。庭の裏には豪雪地帯の特徴である冬場の融雪用の池が見られる。
構造形式
- 桁行(間口)16.4m、梁間7.8m、寄棟造、北面下屋附属、中門 桁行5.3m、
- 梁間5.8m、正面入母屋造、西面便所附属、茅葺[1]
- 大広間
- 囲炉裏の上部
- 農具を保管している部屋
- 中二階への農具格納
利用案内
- 期間限定 4月~11月(冬季閉鎖)(毎週火曜日休家)
- 時間 10:00~16:00 料金 無料
- 駐車場 10台
アクセス
周辺
- 新庄藩主戸沢家墓所(しんじょうはんしゅとざわけぼしょ)