早川三郎 (実業家) From Wikipedia, the free encyclopedia 早川 三郎(はやかわ さぶろう、1903年11月20日 - 1983年1月10日)は、日本の経営者。藤沢薬品工業(現・アステラス製薬)社長、会長を務めた。 滋賀県出身[1]。1931年に東京帝国大学経済学部を卒業し、1932年6月に東洋レーヨンに入社[1]。1942年に藤沢友吉商店(のちの藤沢薬品工業、現在のアステラス製薬)に転じ、1950年6月に取締役に就任し、1963年7月に常務、1961年11月に専務を経て、1967年5月には社長に就任した[1]。1978年1月には相談役に就任[1]。 1978年4月に勲三等瑞宝章を受章[1]。 1983年1月10日、脳幹部腫瘍のために死去[2]。79歳没。 脚注 [脚注の使い方] 1 2 3 4 5 人事興信所 1981, は120頁. ↑ 1983年 1月11日 日本経済新聞 夕刊 p11 参考文献 人事興信所 編『人事興信録 第31版 下』人事興信所、1981年。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。表示編集 Related Articles