早川兼揚
From Wikipedia, the free encyclopedia
- 明治4年(1871年)2月4日、鹿児島にて生まれる。
- 島津家に給仕として仕える。
- 家従。
- 東京伊皿子大園寺(大円寺)の杉並への移転が決まったことにより、絶家した早川兼武家の墳墓を東京芝白金瑞聖寺へ改葬。さらに、早川兼親家の墳墓も東京芝白金瑞聖寺に新しく建てる。新しい墳墓完成するまでの間、貞(母)、幾彦(叔父)、申子(異母兄弟)、嘉(次女)、多嘉(叔母:祖父・早川兼彜の養女)を東京鮫洲海晏寺に葬る[注釈 3]。
- 家扶。
- 家令心得。
- 昭和2年(1927年)昭和金融恐慌により、島津家の資産運用において損失を出したことにより、引責退職。
- 昭和13年(1938年)2月14日、東京市芝白金今里にて死去。享年67。