旭川ゴルフ倶楽部

From Wikipedia, the free encyclopedia

所在地 日本の旗 日本
北海道旭川市神居町台場326番地
開業 1957年昭和32年)8月3日
運営 メンバーシップコース
設計 加藤 英夫
旭川ゴルフ倶楽部
Asahikawa Golf Club
旭川ゴルフ倶楽部
旭川ゴルフ俱楽部の空中写真。
2014年10月19日撮影。
国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成
所在地 日本の旗 日本
北海道旭川市神居町台場326番地
座標: 北緯43度46分25秒 東経142度18分11秒 / 北緯43.77361度 東経142.30306度 / 43.77361; 142.30306
概要
開業 1957年昭和32年)8月3日
運営 メンバーシップコース
設計 加藤 英夫
運営者 株式会社 旭川ゴルフ倶楽部
コース

OUT IN
HOLEPARYARDHOLEPARYARD
1 4320 1 4350
2 4423 2 4350
3 5517 3 3155
4 3161 4 4335
5 4416 5 4336
6 3184 6 4373
7 4366 7 4331
8 4325 8 3198
9 4314 9 5493
353026 352921

その他
公式サイト 旭川ゴルフ倶楽部
テンプレートを表示

旭川ゴルフ倶楽部(あさひかわゴルフくらぶ)は、北海道旭川市にあるゴルフ場である。

1955年昭和30年)頃、北海道旭川国策パルプ株式会社(現・日本製紙株式会社)旭川工場長で旭川商工会議所の会頭の南喜一(後・初代理事長)が、旭川はいずれ50万都市になる、ゴルフ場とホテルが必要になると提案したことが始まり[1](なおホテルは、後にニュー北海ホテルとして実現する)。1956年(昭和31年)になり、南喜一のゴルフ場の建設提案が具体化となり、ゴルフ場の建設候補地として神居町台場の原野が取得された[1]

コース設計は、国策パルプ加藤英夫(後・社長)に決まった[1]。コース造成工事の工事監督には、「龍ヶ崎カントリー倶楽部」(1958年(昭和33年)開場、設計・井上誠一)のヘッドプロ・井川栄造に決定した[1]。井川栄造は、小樽銭函に生まれ育った[1]1956年(昭和31年)9月17日、新たなゴルフ場の建設に向けて母体会社「株式会社旭川ゴルフ倶楽部」が設立され、山崎清軒が社長に就任した[1]

1957年(昭和32年)8月3日、9ホール、距離3,050ヤード、パー35のゴルフ場が開場された[1]1965年(昭和40年)、9ホールが増設され、18ホール、距離アウトコース2,840ヤード、パー35、インコース2,364ヤード、パー33、距離計5,204ヤード、パー68のゴルフ場が完成した[1]

1969年(昭和44年)7月、コースの大改造が行われ、国鉄神居古潭トンネル工事で発生した残土をコース内の谷に埋め、コースの起伏を均すなどの工事を行った[1]。コースが開場されたときは、4ホールに谷越えがあるとゆう地形だった[1]

コースは、自然に囲まれたロケーションに位置し、全体的に距離は短いがバリエーションのあるレイアウトである[2]。北海道内のゴルフ場の中では第3番目に歴史のあるコースである[2]。また、フェアウェイの真ん中に木が植わっていたり、ドッグレッグホールが多く戦略的なコースである[2]

所在地

〒070-8022 北海道旭川市神居町台場326番地

コース情報

  • 開場日 - 1957年8月3日
  • 設計者 - 加藤 英夫
  • 面積 -660,000m2(約19.9万坪)
  • コースタイプ - 丘陵コース
  • コース - 18ホールズ、パー70、5,947ヤード、コースレート70.4
  • フェアウェー - コウライ
  • ラフ - ノシバ
  • グリーン - 1グリーン、ベント
  • ラウンドスタイル - 全組キャディ付、歩いてのラウンド、1組4人原則、状況によりツーサム可
  • 練習場 - 30打席200ヤード
  • 休場日 - 無休、11月10日〜4月下旬冬期間クローズ[3][4]

クラブ情報

  • ハウス面積 - 2,655m2(803.1坪)
  • ハウス設計 - 株式会社 中原建設設計事務所
  • ハウス施工 - 国策建設 株式会社・株式会社 広野組[3][4]

ギャラリー

交通アクセス

エピソード

  • 旭川ゴルフ倶楽部は、起伏の大きいコースだったため、中村寅吉プロがラウンドしたとき、OBを連発してハーフ45でホールアウトし、二度と来るかと怒ったという[1]

脚注

関連文献

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI