明石政紀
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札幌市生まれ、上智大学外国語学部ドイツ語学科卒業[1]。1980年代前半は音楽雑誌『FOOL'S MATE』誌で音楽批評を発表、1980年代から1990年代前半には六本木に存在した「WAVE」のレーベル EVAシリーズの企画制作を務め[2]、リリースされたレコードにはディー・テートリッヒェ・ドリス、ピロレーター、アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン、デア・プラン、パスカル・コムラード、ホルガー・ヒラー、ガイ・クルセヴェクの録音、ナチ退廃音楽展の批判的復元展ドキュメンタリーCDなどがある。日本におけるクラウトロックやノイエ・ドイチェ・ヴェレ、ドイツ1930年代の文化、映画監督ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーなどの紹介者でもある。
著作は、諧謔小説的な要素が取り入れられていることがよくある[3]。また、明石の影響を受けたという中原昌也は、「僕は(…)若い時分から音楽誌『フールズメイト』(…)のアルバムレヴューなどで大ファンであった。(…)デア・プランやディー・テートリッヒェ・ドリスなどのドイツの音楽だけでなく、アメリカのレジデンツまで日本盤LPに添えられたライナー(…)や歌詞の対訳の博識とダジャレに満ちた珍妙さは、いまだに僕の血や肉になっている」と記している[4]。