織田信長の庶長子信正については、『信長公記』や『寛政重修諸家譜』には記入がないが、『系図纂要』や『好古類纂』所収「織田系図」などにはある。
信正について「庶長子、母塙直政妹直子明鏡院智勝尼」と記載されている。
直政の妹は、天文23年(1554年)5月5日に尾張那古野城で信正を生んだ。名を直子としているが、子の信正を従五位下、従四位下としていることから、名前の記載は母親にも官位があったとしているためと考えられる。
信正は天正13年(1585年)に剃髪して見性軒を号したが、京都市左京区の見性寺は、彼が開基といい、信正の墓と彼女を含む原田氏一族の墓もある。