別子銅山では、時代が経るにつれ採掘された鉱石に含まれる銅比率が低下し[1]低品位の鉱石からでも製錬ができるように、金子村前山(現在地)の斜面に浮遊選鉱場を建設し大正14年(1925年)4月竣工した。さらに翌年9月には合理化のため東平の粉・粒選鉱場も移設し、浮遊・比重両法併用の選鉱操業により処理能力は1日900tになった[2]。選鉱場建設と同時に、別子鉱山鉄道下部線の拠点として星越駅も設置された。昭和4年11月からは選鉱場の前の水田と湿地帯に山田社宅が造られ、星越駅は通勤客のため一般客も利用できる玄関口としての駅になった。