春日山古墳 (永平寺町)

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春日山古墳(かすがやまこふん)は、福井県吉田郡永平寺町松岡室にある古墳。形状は円墳。福井県指定史跡に指定されている。

所在地 福井県吉田郡永平寺町松岡室(字弁財天谷)(松岡公園内)
位置 北緯36度5分24.68秒 東経136度18分0.30秒
形状 円墳
規模 直径20m
概要 春日山古墳, 所在地 ...
春日山古墳
石室開口部
所在地 福井県吉田郡永平寺町松岡室(字弁財天谷)(松岡公園内)
位置 北緯36度5分24.68秒 東経136度18分0.30秒
形状 円墳
規模 直径20m
埋葬施設 両袖式横穴式石室
(内部に横口式舟形石棺
出土品 玉類・武器・馬具・須恵器・土師器
築造時期 6世紀
史跡 福井県指定史跡「春日山古墳 附 泰遠寺山古墳出土石棺」
地図
春日山古墳の位置(福井県内)
春日山古墳
春日山古墳
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750 m
.
春日山古墳
古墳の位置

概要

福井県北部、九頭竜川南岸の松岡丘陵の先端部(標高約63メートル)に築造された古墳である。1953年昭和28年)に公園整備の際に発見されて発掘調査が、1992-1993年平成4-5年)に再調査が実施されている。

墳丘の上部は削平されており明らかでないが、墳形は円形で、直径約20メートルを測る[1]。墳丘外表で葺石埴輪は認められておらず、墳丘周囲で周溝も認められていない[2]。埋葬施設は両袖式の横穴式石室で、西方向に開口する。玄室内には舟形石棺を据えており、舟形石棺としては類例のない横口式として注目される。石室内の調査では、副葬品として玉類・武器・馬具・須恵器・土師器などが出土している。築造時期は古墳時代後期の6世紀[1](または6世紀末-7世紀初頭[3])頃と推定される。

古墳域は1956年(昭和31年)に福井県指定史跡に指定されている。現在は史跡整備のうえで、石室が松岡公園の覆屋内で公開されている。また付近では、泰遠寺山古墳石棺(県史跡附指定)・猪谷の石棺が移設されている。

遺跡歴

  • 寛文5年(1665年)、天龍寺に隠居を造る際に春日山で石室の発見、土器・刀剣・玉類の出土(『片聾記』)[2]
  • 1953年昭和28年)、公園整備の際に墳丘の削平、石室・石棺の発見。発掘調査。
  • 1956年(昭和31年)3月12日、福井県指定史跡に指定。
  • 1992-1993年平成4-5年)、整備事業に伴う再調査。

埋葬施設

石室俯瞰図
石室展開図
石棺立断面図

埋葬施設としては両袖式横穴式石室が構築されており、西方向に開口する。石室の規模は次の通り[3]

  • 玄室:長さ3.7メートル、幅2メートル、高さ推定1.7メートル以上
  • 羨道:長さ約5メートル、幅0.8メートル、高さ推定1メートル

玄室の床面は扁平な川原石による礫敷である。玄門には門柱状の立石を立て、床に框石を置く。羨道の床面は玄室に比べて10センチメートルほど高く、羨道には玄室内の水抜き用の川原石組み排水溝を設ける。玄室・羨道とも天井石は欠失する[4][1]

玄室内の南東隅では、南壁に沿って横口式の凝灰岩製刳抜式舟形石棺を据える。棺蓋は長さ2.4メートル・幅0.9メートルを、棺身は幅0.8メートルを測る[5]。蓋・身とも両小口に縄掛突起各1個を有し、北側に横口を開く。横口式の家形石棺は出雲地方・北九州地方では知られるが、舟形石棺では類例は知られていない[2][1]

石室内の調査では、副葬品として切子玉・ガラス玉・小玉・鉄刀・鉄鉾・刀子・馬具・須恵器・土師器などが出土している。ただし石棺内は盗掘に遭っており、遺物は出土していない[1]

出土品

石室内から出土した主な副葬品は次の通り[2][4][1]

  • 玉類
    • 切子玉
    • ガラス玉
    • 小玉
  • 武器・工具
    • 直刀
    • 鉄鉾
    • 刀子
  • 馬具
    • 鉄轡
    • 杏葉
    • 鏡板
    • 鉄鉾
  • 須恵器 - 坏蓋、坏身、高坏、𤭯、提瓶、台付壺。
  • 土師器 - 高坏、坩。
  • 砥石

文化財

福井県指定文化財

  • 史跡
    • 春日山古墳 附 泰遠寺山古墳出土石棺 - 1956年(昭和31年)3月12日指定[6]

脚注

参考文献

関連文献

関連項目

外部リンク

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