春日鬼組
From Wikipedia, the free encyclopedia
演舞の構成
佐渡島内の約120集落に様々な形態で伝えられる鬼太鼓のうち、春日鬼組は分類方法により「国中系」または「潟上系」と分類されている[3][4]。
1単位の演舞の配役は、「表」と呼ばれる鬼1匹、「裏」と呼ばれる太鼓打ち1人、複数人の提灯持ちからなる。約120組が現存する鬼太鼓のなかで最もシンプルな部類の構成であり、他のいくつかの鬼太鼓に見られる獅子や笛は基本的に付かない[1]。
鬼は雄鬼と雌鬼の2種類があり、衣装および鬼面が異なる。また、力強い「雄の舞」に対して「雌の舞」はしなやかであるが、いずれも等拍のゆるやかなリズムに始まりアドリブを含む速いパートを経て最後は等拍で終わるという太鼓の流れ[5]は共通している。雌の舞から発展する「糸取り」と呼ばれる高度な舞もある[4]。
多様性
構成員が成人男性に限られてきた鬼太鼓組のなかで、春日鬼組は2001年に女性の参加を認める[6]など、早くから女性・子供・移住者・外国人を受け入れてきた。佐渡島内の他集落から参加する者もいる[7]。この結果、高校生以下の子供が15人[2]、女性だけで1単位の演舞を構成可能[2]、外国人の春日祭参加者が13人[8]、など、多様性に富んだメンバーとなっている(いずれも2024年時点)。
多くの鬼太鼓組と異なり[5]、春日鬼組では各演者が伝統に立脚しながらも独自のアレンジを加えているため、演者による表現の振れ幅が大きく、ベテランはきわめて個性的な舞・太鼓を披露する。
海外支部
米国・カナダの和太鼓奏者たちが、2004年以降複数回にわたって佐渡島を訪れ、春日祭に参加しながら指導を受けている。彼らを中核として2016年、海外支部である北米春日鬼組が設立された[1][2][9]。
活動
春日祭
毎年4月の春日祭(地元の神社例祭)が最大の活動である。約一か月間の稽古期間を経て、祭当日は早朝から集落内の約200軒を2班に分かれて門付けして回る。2班のうち本隊は、「やま」と呼ばれる山車に太鼓を積み込み、太鼓打ちが乗り込んで演奏しながら移動する[1]。鬼と提灯持ちは山車の前で演舞を披露する。
一般家庭以外に集落内のカフェや魚市場、学校、保育園、高齢者福祉施設も門付けして回り、また、求めに応じて集落外の家にも門付けをする。合間に各家で軽食類の振る舞いを受けながら、祭は夜まで続く[2][5][10]。
春日祭では、春日鬼組の現役メンバーだけでなく、引退した長老たちがいぶし銀の舞を披露することがある。また、女性・子供・移住者・外国人といったメンバー構成に象徴されるように非常に開放的な体質であるため、見物客(観光客を含む)も提灯持ちとして祭へ巻き込まれることがある[7]。
2026年の春日祭は4月18日の予定[6]。
公演
佐渡島内のイベントなどに出演しているほか、新潟県内外や首都圏、海外での公演実績もある。
2005年には北米太鼓会議[11]へ招聘されてロサンゼルスで[12]、2025年にはスイスのジャパン・マツリ[13]に招待されてイタリアおよびスイスで、それぞれ演舞を披露するなどした[14][15]。
ワークショップ
学生・観光客・外国人などを対象とするワークショップを数多く実施している。参加者を盛り上げると同時にギャラリーなどの関係者も巻き込む方法を取っており、「体験授業や学会でのワークショップでは,教え方や参加者を巻き込むコミュニケーションの取り方に脱帽した」[7]と評価されている。
セッション
他の鬼太鼓組とのコラボレーション[16]のほか、異分野のアーティストとの交流にも積極的で、2013年にはアフリカ、ブルキナファソのバラフォン奏者が率いるパーカッション・グループとの競演を国立民族学博物館で実施[17]。2024年には美術家の杉原信幸が率いる舞踏家集団とセッションを行った[18]。