春木南華 From Wikipedia, the free encyclopedia 春木 南華(はるき なんか、文政元年(1818年) - 慶応2年6月17日(1866年7月28日))は幕末の南画家。春木南溟の長男。 名は麟、字は梦鱗。南華・烟波・烟波釣徒・読画斎と号した。通称は扇之助。江戸の生まれ。 祖父南湖・父南溟から薫陶を受け南画を学び、18歳のときには既に画家となっていた。父南溟と木挽町に居住した。慶応2年(1866年)6月17日病没。享年48。春木家菩提寺の浅草幡随院中智白院に葬られ、後に多磨霊園に改葬された。 夭折のために作品が少なく好事家の人気がある。 長男南渓・次男南峰・孫南江もそれぞれ画家として活躍した。 作品 「四愛図[1]」安政6年(1859年) 「青緑山水図」 春木南湖画系図 春木南湖 春木南溟 春木西湖 金井烏洲 長谷川嵐渓 春木南華 端館紫川 春木南渓 春木南峰 大沢南芳 春木南江 脚註 ↑ 四君子を描くことを四愛という。 参考文献 図録「夭折の南画家」佐野美術館、1991年 『大日本人名辞典』明治42年(1909年) 朝岡興禎『古画備考』 Related Articles