時宗王 From Wikipedia, the free encyclopedia 時宗王(ときむねおう、生年不詳 - 天安2年9月28日(858年11月7日))は、平安時代初期の皇族。系譜は明らかでないが、桓武天皇もしくは嵯峨天皇の孫か。官位は従四位下・相模守。 経歴 仁明朝の承和3年(836年)二世王の蔭位により无位から従四位下に直叙される。承和14年(847年)治部大輔次いで大学頭に任ぜられる。 嘉祥3年(850年)仁明天皇崩御後の初七日に近陵七ヶ寺に遣使が行われた際、時宗王は正親正・善永王や刑部少輔・藤原関雄とともに拝志寺使を務めた[1]。文徳朝末の天安2年(858年)4月に天下平安を祈念して諸大神社に使者が派遣された際にも、時宗王は右近衛中将・源興らとともに使者を務めている[2]。同年9月28日卒去。最終官位は散位従四位下。 官歴 『六国史』による。 承和3年(836年) 正月7日:従四位下(直叙) 承和14年(847年) 2月11日:治部大輔。5月10日:大学頭 仁寿3年(853年) 正月16日:相模守 天安2年(858年) 9月28日:卒去(散位従四位下) 脚注 [脚注の使い方] [1]『日本文徳天皇実録』嘉祥3年3月27日条 [2]『日本文徳天皇実録』天安2年4月11日条 参考文献 森田悌『続日本後紀』(上下巻)、講談社〈講談社学術文庫〉、2010年 Related Articles