時田雅義
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ドリフトをしていた地元の先輩への憧れからドリフトに興味を持つ[3]。18歳で運転免許を取ってAA63カリーナを購入し、最初にグリップ走行で腕を磨き、その後ドリフトを始める[3]。2001年にはいかす走り屋チーム天国の関東大会にチーム「canopus with 遊心」のメンバーとして、GZ10ソアラを駆って出場した[4]。
2003年の第3戦SUGOからD1グランプリに出場[3]。当初はGZ10ソアラを使用していたが、2004年にはMZ12ソアラに乗り換え、同年第4戦の富士では10位に入った[3]。また、2006年の第2戦SUGOでは追走ベスト16で名手風間靖幸相手に勝利を収めた。
2007年にソアラからゼロクラウンに乗り換える。エンジンは2JZ-GTEに換装されている。2009年の第4戦岡山では追走トーナメント決勝まで勝ち進み、手塚強に敗れるも準優勝を果たした。
2010年、岡山ラウンドにて織戸学に勝利し初優勝。
2014年にクラウンのフロントフェイスをGRS214クラウン仕様にスワップし、カラーリングも白からピンク(当時話題になっていた特別色)と黒に変更。さらに2016年には2JZ-GTEに換装した86 (ZN6) にマシンチェンジ。
2019年は長年使用していたグッドイヤータイヤがD1グランプリから撤退したことにより、昨年までのGOODYEAR Racing体制ではなく完全なプライベーターとして参戦した。
2020年は「俺だ!Racing」のエグゼクティブアドバイザーとなり[5]、選手から川畑真人のスポッターに転身。以降はD1グランプリに参戦していないが、引退とは明言していない。