景山二郎
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広島県三次市で生まれ、小学生の時に祖母の実家である広島市内の景山家の養子となる[1]。旧制武蔵高等学校を経て東京帝国大学法学部を卒業。内務省に入省する。
1942年に警部補を拝命し、原爆投下時には徳島県で警察官をしていた[1]。特高に席を置いていたため、敗戦後公職追放となる[1]。
警視庁神田警察署長、刑事部鑑識課長、総務課長、第五方面部長、第一方面部長を務め、山梨県警察、秋田県警察、熊本県警察、埼玉県警察、神奈川県警察の各本部長を歴任。関東管区警察局長を最後に退官した。
退官後、フジタ道路株式会社副社長、社長、会長、相談役を歴任。勲三等旭日中綬章を受章した。1999年死去。死没日付をもって従七位から正四位に進階した[2]。墓所は多磨霊園。