最後の警告

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脚本 アルフレッド・A・コーン
J・G・ホークス
ロバート・F・ヒル
トム・リード
原作 トーマス・F・ファロン
最後の警告
The Last Warning
ポスター(1929年)
監督 パウル・レニ
脚本 アルフレッド・A・コーン
J・G・ホークス
ロバート・F・ヒル
トム・リード
原作 トーマス・F・ファロン
製作 カール・レムリ
出演者 ローラ・ラ・プラント
モンタギュー・ラヴ英語版
マーガレット・リビングストン
ジョン・ボリス英語版
撮影 ハル・モーア英語版
編集 ロバート・カーライル
製作会社 ユニバーサル・ピクチャーズ
公開 アメリカ合衆国の旗1928年12月25日
日本の旗1929年3月28日[1]
上映時間 87分[2]
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
サイレント英語インタータイトル
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キャリー・ダウメリー

最後の警告』(さいごのけいこく、The Last Warning)とは、1928年公開のアメリカ合衆国ミステリ映画。監督はパウル・レニ、出演はローラ・ラ・プラントモンタギュー・ラヴ英語版マーガレット・リビングストンニューヨークブロードウェイで看板俳優が本番中に怪死する。しかし死体は消失。5年後、当時のスタッフ・キャストを集めて再演することになりリハーサルが始まるが、幽霊の仕業としか思えない怪奇現象が次々に起こる、というストーリー。ユニバーサル・モンスターズの初期作品の内の一つに当たる。

レニの1927年のヒット作『猫とカナリヤ』の2匹目のドジョウを狙って、カール・レムリ率いるユニバーサル・ピクチャーズが製作。主演も『猫とカナリヤ』のローラ・ラ・プラント。撮影は主としてロサンゼルスの『オペラの怪人』(1925年)のセットを再利用して、1928年の夏に行われた。封切りはその年のクリスマスで、翌年1月に拡大公開された。パート・トーキー版とサイレント版があったが、現存するのはサイレント版のみである[3]。レニは1929年9月2日敗血症で亡くなったので、この映画がレニが監督した最後の映画となった[4]

評価は賛否両論で、演技と撮影は賞賛されたが、一貫性のないプロットとトーキーである必要のないサウンドは酷評された。

制作

『猫とカナリヤ』のヒットに当て込んで、姉妹編として企画され、監督には同作のレニを起用した[5]。原作はトーマス・F・ファロンの同名戯曲(1922年)[6]で、1922年10月24日から1923年5月にかけてクロー劇場で238回ロングラン公演された。なお、この戯曲の基になった小説『House of Fear』の作者チャールズ・ワズワース・キャンプはマデレイン・レングルの父である[7]

『猫とカナリヤ』に出ていたローラ・ラ・プラントが主演。

クランクインは1928年8月[8]。使用されたセットはロン・チェイニー主演の『オペラ座の怪人』のセットで[4][9]、カリフォルニア州ユニバーサル・シティにあった[10]

公開

アメリカン・フィルム・インスティチュートによると[2]、1929年1月6日にニューヨーク市で公開[11]。しかし、前年のクリスマスに、ミズーリ州チリコシー[12]カンザス州マンハッタン[13]などで特別先行上映が行われた。

公開にはサイレント版と、悲鳴や絶叫など効果音が部分的に入ったムービートーン版の2つが使われた[8][14]。しかしサウンド版は現存していない[4]

リメイク

1939年ヨーエ・マイ英語版監督が『The House of Fear』のタイトルでリメイクした[15]

脚注

文献

外部リンク

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