最後の警告
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 最後の警告 | |
|---|---|
| The Last Warning | |
|
ポスター(1929年) | |
| 監督 | パウル・レニ |
| 脚本 |
アルフレッド・A・コーン J・G・ホークス ロバート・F・ヒル トム・リード |
| 原作 | トーマス・F・ファロン |
| 製作 | カール・レムリ |
| 出演者 |
ローラ・ラ・プラント モンタギュー・ラヴ マーガレット・リビングストン ジョン・ボリス |
| 撮影 | ハル・モーア |
| 編集 | ロバート・カーライル |
| 製作会社 | ユニバーサル・ピクチャーズ |
| 公開 |
|
| 上映時間 | 87分[2] |
| 製作国 |
|
| 言語 |
英語 サイレント(英語のインタータイトル) |

『最後の警告』(さいごのけいこく、The Last Warning)とは、1928年公開のアメリカ合衆国のミステリ映画。監督はパウル・レニ、出演はローラ・ラ・プラント、モンタギュー・ラヴ、マーガレット・リビングストン。ニューヨークのブロードウェイで看板俳優が本番中に怪死する。しかし死体は消失。5年後、当時のスタッフ・キャストを集めて再演することになりリハーサルが始まるが、幽霊の仕業としか思えない怪奇現象が次々に起こる、というストーリー。ユニバーサル・モンスターズの初期作品の内の一つに当たる。
レニの1927年のヒット作『猫とカナリヤ』の2匹目のドジョウを狙って、カール・レムリ率いるユニバーサル・ピクチャーズが製作。主演も『猫とカナリヤ』のローラ・ラ・プラント。撮影は主としてロサンゼルスの『オペラの怪人』(1925年)のセットを再利用して、1928年の夏に行われた。封切りはその年のクリスマスで、翌年1月に拡大公開された。パート・トーキー版とサイレント版があったが、現存するのはサイレント版のみである[3]。レニは1929年9月2日に敗血症で亡くなったので、この映画がレニが監督した最後の映画となった[4]。
評価は賛否両論で、演技と撮影は賞賛されたが、一貫性のないプロットとトーキーである必要のないサウンドは酷評された。
- ドリス・テリー(女優); ローラ・ラ・プラント
- アーサー・マクヒュー(プロデューサー): モンタギュー・ラヴ
- ハーヴェイ・カールトン(俳優); ロイ・ダルシー
- エヴァリンダ・ヘンドン(女優); マーガレット・リビングストン
- リチャード・クエール(演出家); ジョン・ボリス
- ジョシア・バンス(劇場のオーナー); バー・マッキントッシュ
- ロバート・バンス(その弟); マック・スウェイン
- マイク・ブロディ(舞台主任); バート・ローチ
- バーバラ・モーガン(女優); キャリー・ダウメリー
- トミー・ウォール(電飾技師)スリム・サマーヴィル
- ジェフリーズ; フランシスコ・マラン
- サミー; バド・フェルプス
- ジーン(ウッドフォードの秘書); トーベン・マイヤー
- 医師; チャールズ・K・フレンチ
- ジョン・ウッドフォード(看板俳優); ダーシー・コリガン
- 検視官; ハリー・ノースロップ
制作
『猫とカナリヤ』のヒットに当て込んで、姉妹編として企画され、監督には同作のレニを起用した[5]。原作はトーマス・F・ファロンの同名戯曲(1922年)[6]で、1922年10月24日から1923年5月にかけてクロー劇場で238回ロングラン公演された。なお、この戯曲の基になった小説『House of Fear』の作者チャールズ・ワズワース・キャンプはマデレイン・レングルの父である[7]。
『猫とカナリヤ』に出ていたローラ・ラ・プラントが主演。
クランクインは1928年8月[8]。使用されたセットはロン・チェイニー主演の『オペラ座の怪人』のセットで[4][9]、カリフォルニア州ユニバーサル・シティにあった[10] 。