小、中学生は野球部に入り、東洋大姫路高等学校でも野球部に所属していた。秀都の芸名はシュートボールに由来し、「噺家ならひねりの利いたことを言えるように」「お客様の胸元をえぐることができるように」という思いが込められている[3]。
高校3年生の秋頃、松本人志が落語のCDを聴いていると知り、落語を聴き始める。ラジオやCDで桂枝雀の噺を聴いて興味があり、「ゼロから始められることを何かしたい」という思いから、関西大学に進学後、落語研究会に入る。3回生の時に天満天神繁昌亭での独演会で聞いた月亭八天の落語にあこがれ、卒業後、上方落語の道へ進むことを決意。2014年4月1日[1]に入門した[3][4]