月印釈譜

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月印釈譜(げついんしゃくふ、朝鮮語: 월인석보)は、朝鮮の木板仏教書の一つ。1459年世祖5年)刊。その内容は『月印千江之曲朝鮮語版』と『釈譜詳節』を合わせ編まれたものである[1]中期朝鮮語、朝鮮仏教の研究に関して貴重な書物であり、朝鮮王朝時代の釈迦一代記としては決定版的な作品と言える。巻一には『訓民正音』のハングル訳である『訓民正音諺解朝鮮語版』の御製序文が掲載されており[2]、現在までに見つかっている中では最古の引用とされる。幾度か再刊されており、栄州喜方寺朝鮮語版安東の慶興寺、論山の双渓寺にあるものが現存する[3]

1447年世宗29年)、世宗の子・首陽大君(後の第7代国王・世祖)が、前年に死去した昭憲王后の冥福を祈るために仏典を引用して『釈譜詳節』を作ったが、これを読んだ世宗が讃歌として続けて『月印千江之曲』を著し、それらを一つにまとめたのが当書物である。その編纂の動機については、世祖の息子、1457年に没した懿敬世子と、父・世宗の冥福を祈ることが理由とされているが、甥・端宗を追放、殺害した悔恨と無常観から逃れるために行ったとするのが定説である[4]

信眉朝鮮語版、守眉、雪竣、曉雲、智海、弘濬、学悦、学祖らの僧侶や、儒学者の金守温朝鮮語版といった、当時の代表的な仏学者が編纂に携わった。『月印千江之曲朝鮮語版』の一節を本文に、『釈譜詳節』の対応する内容を注釈のように充てる方式で編まれている[3]

構成

ギャラリー

脚注

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