月岡野の戦い
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戦いの経過
戦いの結果
この戦いの結果、日和見であった越中国人らが続々と織田氏に帰順し、越中国内の勢力図は塗り替えられ、上杉氏が劣勢となった。信長はこの戦果を拡大すべく、信忠付の毛利長秀、坂井越中守、森長可、佐藤秀方らをさらに援軍として送ったが[7]、北国越中の厳冬への危惧と、上方で荒木村重の謀反が起こったため撤退を命じた。信忠軍による越中平定は頓挫し、上杉氏に立ち直らせる時間を与えることになった。しかし上杉氏の攻勢の勢いは落ちることとなった。
一方で、第三次信長包囲網が上杉軍敗退により崩壊した。能登国と加賀国が本国越後国と分断され劣勢となり、上杉は前線を後退させた。
織田氏による越中平定は、柴田勝家率いる北陸方面軍へ引き継がれた。