創建年代は不明である。ただ源義家の奥州出征の折に戦勝祈願をしたとされることから、11世紀中期には既に存在していたものと推測される[1]。
かつては現在の八幡公園にあったが、区画整理のため、現在地に移転した。移転と同時に旧所在地にあった庚申塔や富士塚も移転している[2]。
当社には、社殿の軒下に吊り下げられる仏具「鰐口」が所蔵されている。明治時代の神仏分離政策により、神社が仏具を持つことが禁止されたため、鰐口は行方知れずになってしまったが、1932年(昭和7年)に北海道で発見され、再奉納された[2]。