有地藤三郎
大正から昭和前期の海軍軍人、政治家、華族
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経歴
海軍士官・有地品之允の三男として生まれる[1][3][4]。父の死去に伴い、1919年(大正8年)4月10日に男爵を襲爵した[1][5]。
1905年(大正4年)東京帝国大学工科大学電気工学科を卒業し、同年8月、海軍造兵中技士に任官した[2][4][6][7]。海軍技術本部技術会議議員、造兵監督官、佐世保海軍工廠検査官、舞鶴海軍工廠検査官、海軍砲術学校教官、艦政本部第3課長などを歴任[2][4][7]。海軍造兵大佐に進み、1924年(大正13年)予備役に編入された[2][4]。
1925年(大正14年)7月10日、貴族院男爵議員に選出され[8][9]、公正会に所属して活動し1939年(昭和14年)7月9日まで2期在任した[2]。その他、鉄道会議議員などを務めた[2][4]。
