有川由紀 From Wikipedia, the free encyclopedia 本名 斎藤 由紀子(旧姓:横山)生年月日 (1946-08-27) 1946年8月27日(79歳)出生地 日本・山梨県甲府市[1]、東京都八王子市[2]職業 女優・ファッションモデルありかわ ゆき有川 由紀本名 斎藤 由紀子(旧姓:横山)生年月日 (1946-08-27) 1946年8月27日(79歳)出生地 日本・山梨県甲府市[1]、東京都八王子市[2]職業 女優・ファッションモデルジャンル 映画・テレビドラマ活動期間 1965年 -配偶者 斎藤耕一[2](1974年~)テンプレートを表示 有川 由紀(ありかわ ゆき、1946年〈昭和21年〉8月27日[2] - )は、日本の女優・ファッションモデル[2]。本名は、斎藤 由紀子(さいとう ゆきこ)旧姓は、横山。夫は映画監督の斎藤耕一[2]。 山梨県甲府市生まれ[1]、東京都八王子市万町生まれ[2]。 会社員の父の二男二女の長女。小学校時代からかわいらしさを買われ、学芸会の花形だった[1]。東京都立町田高校3年在学中に雑誌『女学生の友』(小学館)が募集した「ミス・ジュニア・フラワー」に入賞し[1]、洋服や着物モデルとして雑誌のグラビアを飾った[2]。同じく「ミス・ジュニア・フラワー」に入賞した早瀬久美と二人でヨーロッパを旅行した[1]。高校卒業後、NHKに就職。総務部総務課に配属され、応接係として受付に勤務[1][2]。 1965年、NHKを訪れた中村登監督の目にとまり、1966年6月11日公開の『紀ノ川』(松竹)に司葉子、岩下志麻に伍する大役で出演し[2]、NHKを退社し松竹に入社した[2]。1970年フリー。1974年6月、映画監督の斎藤耕一と結婚し芸能界から離れた[2]。 出演 映画 紀ノ川(1966年、松竹) おはなはん(1966年、松竹) レッツゴー!高校レモン娘(1967年、松竹) シンガポールの夜は更けて(1967年、松竹) 七つの顔の女(1969年、松竹) 海はふりむかない(1969年、松竹) 野良猫ロック セックス・ハンター(1970年、日活) 東京・パリ青春の条件(1970年、松竹・ワールドプロ 新兄弟仁義(1970年、東映) スパルタ教育くたばれ親父(1970年、日活) テレビドラマ 木下恵介劇場 あこがれ[2](1965年、TBS) 捜査検事(レギュラー[1]、TBS) 何処へ(1966年 - 1967年、日本テレビ) ナショナル劇場(TBS) 大岡越前 (C.A.L) 第1部 - お市 第19話「悪魔の人形使い(前篇)」(1970年7月20日) 第20話「悪魔の人形使い(後篇)」(1970年7月27日) 第2部 第13話「卍組始末記」(1971年8月9日) - 毬 第27話「小西屋事件」(1971年11月25日) - お光 第3部 第13話 「恐怖の連判状」(1972年9月3日) - あかね 第22話 「血ぬられた密書」(1972年11月13日) - 初音 水戸黄門(C.A.L) 第3部 第4話「人刈り -三島-」(1971年12月20日) - お雪 ※再放送欠番 第15話「忍の掟 -伊賀上野-」(1972年3月6日) - 茜 第4部 - 久美 第1話「旅たちの歌 -水戸・江戸-」(1973年1月22日) 第2話「天狗馬鹿 -忍-」(1973年1月29日)久美役 第6話「越後血風縁 -高田-」(1973年2月28日) 銭形平次(出演回不明、フジテレビ) 脚注 1 2 3 4 5 6 7 「"出を待つ"新年度の新人スターたち 松竹、各人のキャラクターを活した企画に留意」『映画時報』1967年1月号、映画時報社、37頁。 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 『日本映画俳優全集 女優編』キネマ旬報社〈キネマ旬報増刊〉、1980年、38–39頁。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。表示編集 Related Articles