服部忠行
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県の職員時代
初当選時の逸話
初当選の際の選挙は、現職の町長に挑んだものであったので、選挙戦は熾烈を極め、開票作業が進んでも僅差で競り合い、当選が明らかになるのが、深夜になる程の大接戦であった。
町長在職時
町長在職時には、一貫して菰野町単独での市制への移行を掲げていた。これに伴う政策の一環として、新庁舎や保健福祉センターけやきの建設を行った。県の職員時代に培った道路行政の手腕を活かし、新名神高速道路の菰野インターチェンジの誘致や町内の県道と町道を国道と県道に昇格させ、北勢バイパスの整備計画など町内の道路整備に尽力した。また自身の政策に『福祉先進町』を掲げたように、社会福祉の充実に尽力し、保健福祉センターけやきの建設や訪問介護の充実などを行った。初当選時以外は、選挙戦は有力な対抗馬が存在せず、無難に勝利を収めていたが、5期目の選挙時は多選批判と有力な対抗馬の出現で唯一選挙戦らしい選挙となった。
引退の経緯
6期目の町長選にも当初は出馬する予定であったが、諸般の事情(下記に記載)により出馬を断念し、後継候補の指名もない中での勇退表明であった。引退を表明したもののそれでも尚、町長として次期以降も舵取りを担う意欲はあったようである。石原正敬の出馬により、多選高齢批判がある中で選挙戦に勝てないと判断して、苦渋の決断ながら引退を表明した。長年に渡り役場職員として運転手を務めていた県議が後継候補と目されていたが、この県議は町長選には出馬をしなかった。