朝倉季雄
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エピソード
朝倉はフランス文学科に入学したものの、フランス語そのものに関心を寄せていたため文学や思想にはあまり興味がなく、卒業論文もフランス語学をテーマとしたものにしたかったが、当時の東京帝国大学文学部仏蘭西文学科には、そのような前例がなく、仕方なく『文芸評論家アナトール・フランス』という論文を書いて卒業した。修士論文は、『思想家としてのアルフレッド・ド・ヴィニー』。
このように、朝倉は文学研究よりもフランス語研究に興味を持っていたため、渡辺一夫は文法書を書くようにすすめ、大学卒業後から、朝倉はそのためのフランス語の文例収集を始めた。その成果の一つが『フランス文法事典』(白水社)である。1951年に完成した『フランス文法事典』は、日本語で書かれたフランス語の文法書として秀逸であり、フランス語の文法について疑義が生じた場合、学習者がよりどころにする文法書となった。