朝倉祐介

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あさくら ゆうすけ
朝倉 祐介
生誕 1982年????
国籍 日本の旗 日本
出身校 東京大学法学部
職業 実業家投資家ベンチャーキャピタル
団体 シニフィアン株式会社(共同代表)
アニマルスピリッツ合同会社(代表パートナー)
著名な実績 株式会社ミクシィ代表取締役社長兼CEO(2013年 - 2014年)
シニフィアン創業
グロースファンド「THE FUND」共同運営
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朝倉 祐介(あさくら ゆうすけ、1982年 - )は、日本の実業家投資家。スタートアップの成長支援を行うシニフィアン株式会社の共同代表であり[1]株式会社ミクシィ(当時社名:株式会社ミクシィ)の代表取締役社長兼CEO(2013年6月 - 2014年6月)を務めた[2][3]

幼少期・競馬騎手への挑戦

兵庫県西宮市で育ち、本人の回想によれば、阪神競馬場の近くの環境で競馬に親しみ、競馬騎手(騎手)を志すようになったという[4]。中学卒業後、騎手になるためにオーストラリアの競馬学校へ留学し、厩舎の清掃や調教施設での作業と座学を並行する生活を送ったとされる[4]。 一方で、成長期に伴う体重管理の難しさなどから、留学1年目のカリキュラム終了を機に騎手の道を断念して帰国した[4]。帰国後は競走馬の育成に関わる仕事を求めて北海道の牧場で働くが、バイク事故により左脚の大腿骨・下腿骨を骨折し、入院とリハビリを余儀なくされた[4]

大学進学・起業

事故後、大学進学を志して受験勉強に取り組み、東京大学法学部を卒業した[5][6]。在学中に携帯電話向けアプリの開発支援などを行う株式会社ネイキッドテクノロジー(Naked Technology Inc.)を経営し、同社はモバイルアプリケーションをクラウド上で管理するためのフレームワーク「Colors」などの開発を行った[7]

マッキンゼー・アンド・カンパニー

大学卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社した[5]

ネイキッドテクノロジーとミクシィ入社

その後、ネイキッドテクノロジーの代表取締役社長として活動していた時期があり[7]、2011年9月、ミクシィ(当時)がネイキッドテクノロジーの全株式を取得することを発表[7]。同発表では、ネイキッドテクノロジーのメンバーがSNS「mixi」のサービス開発を中心に携わるとしており[7]、以後、朝倉もミクシィに参画[3]

ミクシィ代表取締役社長兼CEO

2013年5月、ミクシィは新たな経営体制を公表し、朝倉を代表取締役社長 最高経営責任者(CEO)とする取締役候補者を示した(株主総会決議事項)[2]。同社創業者の笠原健治(当時社長)は、朝倉について「大手コンサルティングファームとネットベンチャーの社長という2つの経験の持ち主」などと評し、代表を託す意向をコメントしている[2]。 2014年2月、朝倉はミクシィ社長としての発表の中で、ミクシィグループが「事業再生フェーズ」から「再成長フェーズ」に移行すると述べた[8]。同時期、ミクシィは社長交代を発表し、朝倉が2014年6月24日付で代表取締役社長を退き顧問に就任する人事(後任は森田仁基執行役員)を公表したと報じられている[3]。 東洋経済オンラインの報道では、朝倉は自身の取り組みを振り返り「ノーアウト満塁を任されたピッチャーとしてやるべき仕事は全うしたと思っている」と述べた[3]

退任後:研究活動・社外役員等

ミクシィ退任後、スタンフォード大学客員研究員であった時期もある[9]。また、ラクスル株式会社のの社外取締役を務め、2019年10月の定時株主総会終結をもって任期満了により退任した[10]

シニフィアン創業と「THE FUND」

朝倉は小林賢治、村上誠典とともに2017年7月7日にシニフィアンを設立し、共同代表を務める[11]。同社は産業金融・経営アドバイザリー・上場株投資等を事業内容として掲げている[12]。 2019年6月、みずほフィナンシャルグループ、みずほキャピタル、みずほ銀行は、シニフィアンとともに、グロースステージのスタートアップをハンズオンで支援するグロースファンド「THE FUND」(総額200億円)を設立した[13]

アニマルスピリッツ

PR TIMESの公表資料によれば、朝倉を代表者とするアニマルスピリッツ合同会社は、2023年1月17日付で1号ファンドを設立し、70億円規模のファンド組成に向けた募集を完了した[14]

著書

メディア出演・配信

脚注

外部リンク

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