朝倉経景 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 室町時代中期 - 後期生誕 永享10年(1438年)死没 延徳3年1月26日(1491年3月6日)改名 簾勝(初名)→経景→退耕斎(法名) 凡例朝倉経景時代 室町時代中期 - 後期生誕 永享10年(1438年)死没 延徳3年1月26日(1491年3月6日)改名 簾勝(初名)→経景→退耕斎(法名)別名 通称:与三右衛門尉官位 下野守(受領名)主君 朝倉孝景→氏景氏族 朝倉氏父母 父:朝倉家景兄弟 堀江利真室、孝景、経景、輿市郎、景冬、光玖、聖室宗麟、久嶽紹良、定国子 景職、祖心紹越(足羽郡深岳寺住持)テンプレートを表示 朝倉 経景(あさくら つねかげ)は、室町時代中期から後期にかけての武将。朝倉氏の家臣。 朝倉氏6代当主・朝倉家景の子として誕生。長禄合戦や応仁の乱で兄・孝景を補佐して戦う。応仁2年(1468年)閏10月14日、京都に甥の氏景と配下の兵を残し、孝景、光玖、景冬の兄弟揃って越前国へ下る。文明3年(1471年)、孝景が東軍に寝返り、越前平定に乗り出すとこれに従う。孝景死後は氏景を補佐し、越前統一を実現する。 軍略上の要衝地安居(福井市)を領し、安居城に拠った。長享3年(1489年)4月以降に入道し「退耕斎」と号した。 延徳3年(1491年)1月26日、死去。享年54。 出典 松原信之「越前朝倉氏の研究」(吉川弘文館) ISBN 978-4-642-02876-9 松原信之「越前朝倉一族」(新人物往来社) ISBN 4-404-03438-5 Related Articles