朝長万左男

From Wikipedia, the free encyclopedia

朝長万左男(ともなが まさお、1943年〈昭和18年〉6月5日[1] - )は、長崎の原爆被爆者、日本の反核平和運動家、医師。

1943年長崎市生まれ。1945年8月9日11時2分、2歳の時、母親とともに爆心地から2.5Km[注釈 1]の地点で被爆[2][3]

1968年長崎大学医学部卒業。 同年長崎大学医学部附属原爆後障害医療研究施設(現・長崎大学原爆後障害医療研究所)血液内科(原研内科)に入局。 以来、40年以上にわたり血液内科医として被爆者医療および白血病の研究に取り組む。1990年に教授となる。

2009年、日本赤十字社長崎原爆病院院長になる。

核戦争防止国際医師会議」(IPPNW)のメンバーとして、核廃絶運動に積極的に関わっている[注釈 2]

2014年より純心聖母会[5] 恵みの丘長崎原爆ホーム診療所[6]所長[7]。核兵器の非人道性に関する国際会議日本政府代表、核戦争防止国際医師会議(IPPNW)国際副会長なども務める[3]

現在、外務省の「実質的核軍縮を推進する賢人会議」メンバーとして活動中[3][8]。核廃絶地球市民集会ナガサキ代表[9]、長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA)客員教授[3][10]

2019年8月27日から、長崎県被爆者手帳友の会の会長[11]

2025年11月、被爆者団体(長崎県被爆者手帳友の会)の被爆者・被爆二世・三世など10名の団体としてアメリカにある国立原子力博物館やトリニティ・サイト(1945年7月16日にアメリカ合衆国で行なわれた人類最初の核実験 トリニティ実験が行われた場所)などを訪れた。さらに、アメリカ市民と被爆体験や核兵器廃絶などについて対話活動を行った[12]。12月8日真珠湾攻撃の日には、ハワイで長崎市長から託された親書を手渡す[13]

信条・意見

核兵器という人類の疫病に対する処方箋は「対話と信頼醸成」である。

核武装が必要になるのは国同士が疑心暗鬼に陥るからです。われわれ被爆者も核保有国との「対峙」ではなく核保有国同士の対話を「支援」する発想に切り替えれば、長期的な道が開けるかもしれません。

「一人一人が決意を持って勉強してください。あなたたちには、核兵器をなくす責任があります。」長崎大名誉教授 朝長万左男、2026-01-24 西日本新聞 22面

2026年、西日本新聞に、聞き書きシリーズ『被爆医師がみた80年』として73回にわたり自身の半生が掲載された[14]

2026年1月24日、NHKテレビで朝長万左男を取材した “ザ・ライフ特別編「Hibakusya原爆誕生の地へ-」~アメリカの本音と向き合う旅路~” という番組が放送される[15]

出演

  • ETV特集「Hibakusha はじまりの地へ 〜核兵器廃絶への旅路〜」(2026年3月21日、NHK Eテレ[16]

著書

  • 朝長万左男『45分でわかる!放射能汚染の基礎知識』マガジンハウス、2011年5月19日。ISBN 978-4-8387-2262-4 

関連項目

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI