日中戦争によって土木事業に対する予算の削減や橋脚に使う鋼材の使用制限が課せられた[2]。そのため北海道庁土木部試験室の高橋敏五郎によって1938年(昭和13年)に生み出されたのが木コンクリート橋である[2][3]。この桁橋は圧縮側を無筋コンクリート床版、引っ張り部を木桁が持つことで荷重に耐え、木桁に切り込みを入れることで木とコンクリートの結合の問題も解決した[2]。更にコンクリート床版によって木桁が雨水から守られることで寿命も長く架設も容易で安価であったことから急速に普及した[4]。これらの優れた点から当時の懸賞論文「橋梁新工法」では最高位を受賞している[2]。戦後もその秀逸な設計から北海道を中心に架橋が続けられ、最後の架橋は1968年(昭和43年)であった[2][5]。南茅部町(現在の函館市大船町)にあった国道278号の角張川橋が1990年代に架け替えられたのを最後に国道からは姿を消したが[2]、同町木直(現在の函館市木直町)にあった木直川橋が札幌市の滝野すずらん丘陵公園に復元移設されているほか[1]、市町村道に移管されている橋にいくつか現存例がある[4]。