日本人の父とデンマーク人の母の間に生まれる。フェリス女学院大学在学中、同好会でヨットを楽しんでいたが、重由美子にスカウトされ本格的にヨット競技の道へ進む。重の厳しい指導で、何度も辞めそうになったという[2]。
シドニー五輪前に、金を狙うには艇のバランスをとるクルーが木下では小さすぎるとコーチが判断し、重は新たに木下より身長が10cm高い選手とペアを組んだが、その相手が体調不良で脱落。レースを離れ高校生の指導に専念していた木下と急遽ペアを復活する紆余曲折があった[3]。
その後、理学療法士の資格を取得し、長崎県の病院に勤務している[4][5]。