木下義之

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木下 義之[1](きのした よしゆき[2]1866年9月24日慶応2年8月16日[3] - 1923年大正12年〉6月9日[2][4])は、日本の政治家衆議院議員鳥取市選出、当選1回)[2][5]地主[1]。旧姓は足羽[6][7]。族籍は鳥取県士族[5][8]

伯耆国日野郡二部村[5](のち鳥取県日野郡溝口町二部[注 1]、現・伯耆町)出身[4][6]。士族・足羽純亭の六男[8]1889年、木下家に養子入りする[6]鳥取市会議員、同議長、鳥取県会議員、同参事会員、鳥取県農工銀行取締役となる[2][4][5]

鳥取電燈創立の際に監査役となり、のちに取締役となる[7]

1908年第10回衆議院議員総選挙において鳥取市選挙区から立憲政友会公認で立候補して当選した[9]1912年第11回衆議院議員総選挙には出馬しなかった。1923年に死去した。

人物

趣味は書画骨董[7]。住所は鳥取市西町[7][8]

家族・親族

木下家
親戚

脚注

参考文献

外部リンク

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