木下蓮三
From Wikipedia, the free encyclopedia
大阪府大阪市生まれ[2]。大鉄高電気科を卒業。一光社、大阪コマーシャルフィルム、毎日放送映画社を経て、1963年にプッペプロダクションを設立し、「ビッグX」「オバケのQ太郎」などの各話演出を担当。1966年に虫プロに参加して「鉄腕アトム」などに参加、1967年に(株)スタジオロータスを設立した。
「巨泉×前武ゲバゲバ90分!」、「カリキュラマシーン」、「コント55号のなんでそうなるの?(アイキャッチ部分)」の他に、
テレビコマーシャルなどの多数のアニメーション制作に参加した。
一方で短編の自主制作アニメーション作品を製作し、1971年「いったい奴は何者だ」を草月アニメーションフェスティバルに出品。1972年「MADE IN JAPAN」でニューヨーク国際映画祭グランプリを受賞。1978年「ピカドン」でアヌシー国際アニメーション映画祭特別賞を受賞し、翌1979年には絵本「ピカドン」を出版。
1985年開始の広島国際アニメーションフェスティバルの立ち上げに木下小夜子と共に尽力し[3]、大会マスコット「ラッピー」のデザインも担当した[4]。
1979年より国際アニメーションフィルム協会理事、1984年-1997年は同副会長。1981年に同日本支部を設立し、1997年まで会長。1997年に死去。
第49回(2021年度)アニー賞において、夫妻でジューン・フォーレイ賞が授与された[5]。