木屋善夫
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専門学校卒業後、自動車整備士をしていたが、PC-6001と出会い、趣味でプログラミングを始める。そして、当時Apple Computer(現Apple)の販売代理店だった日本ファルコムに客として通い、次第にオリジナルゲームを持ち込むようになり、『ギャラクティック・ウォーズ1』と『ぱのらま島』が商品化されて発売された。その後、『ドラゴンスレイヤー』の制作中に日本ファルコムへ入社し[4]、主力プログラマとなった。
以後、多くの作品でプログラマ兼ディレクターを務めた。『風の伝説ザナドゥ』の開発を最後に同ソフトの発売を待たずして1993年に日本ファルコムを退社し、日本アプリケーションへ入社して『大逆鱗』シリーズなどを制作した。その後、 2007年より日本ファルコムと電遊社との共同企画MMORPG『ソーサリアンオンライン』のアドバイザーに就任していた[5]。
作品リスト
木屋の第1作目は日本ファルコムへの持ち込みにより1982年6月に発売された『ギャラクティック・ウォーズ1』で、宇宙戦争もので自分の母星から宇宙船を飛ばして、敵空母や戦闘機と戦うという内容のBASIC言語で組まれたゲームだった[1]。2作目もBASIC言語で組まれた『ぱのらま島』で、1984年4月に発売されたこの作品が木屋のロールプレイングゲーム (RPG) 第1弾となった[1]。目を引く巨大なパッケージと、木を叩いて食べ物を入手するアイデアや3D迷路といった、それまでの日本国産ゲームにはない要素が取り入られていた[1]。木屋は、「日本ファルコムって会社自体が、アップルのソフトを昔から扱ってて、ウルティマとかウィザードリィなどもよく見ていたので比較的他のソフトハウスさんより知識があったんだと思います」と雑誌『Beep』のインダビューで述べている[1]。
日本ファルコム
日本ファルコムにおける木屋作品は『ドラゴンスレイヤー』以降、「ドラゴンスレイヤー(ドラスレ)シリーズ」と総称され、『ザナドゥ』以降は発売順にナンバリングが施されたサブタイトルが付けられている。なお、『ロマンシア』は発売当時は「III」でなく「Dragon Slayer Jr.」だったがドラスレファミリー発売時に改めて「III」になった。また『ドラゴンスレイヤー英雄伝説』はタイトルにドラゴンスレイヤーと冠しながらも、当初はナンバリングが外されていた。
日本ファルコム入社後の初作品である『ドラゴンスレイヤー』は1984年10月に発売され、この作品が日本国産アクションRPGの元祖になったとも評されている[1]。木屋は『ドラゴンスレイヤー』のときは、王冠を集めてドラゴンを倒すという目的を一応設けたが、自身はゲームの目的はあまり意識しないで製作し、「ただ目的を果たす以外にもっと違った遊び方をしてもらいたかった」という[1]。しかし、敵を集めて攻撃したり誘導するといったいろいろな楽しみを味わえるゲームをと思って製作したものの一般には受け入れられず、「結果として、わけのわからないゲームという印象を与えてしまった」とも述べている[1]。
『ザナドゥ』(1985年11月発売)では、まず当時のフロッピーディスクの容量にどのくらいのデータが収められるかを調べてから、画面数や各面の広さ、モンスターやアイテム数を記した仕様書のようなものを作ったという[1]。木屋は「それを他に人に見せたら『こーんなものできるわけがない、絶対できるわけがない』と言われて、これはやるしかないな…(笑)で始めたら意外と簡単にできたんです」と述懐している[1]。販売面で振るわなかった『ドラゴンスレイヤー』での反省から、『ザナドゥ』では最後にボスを倒して感動のエンディングを迎えるという明確な目的を持たせて[1]、国産アクションRPGの新分野を開拓し、のちに販売本数でも日本国内PCゲームの頂点に上り詰めた。
『ザナドゥ』発売後は、アクションRPGが次々と世に出てきて、今度は謎解きを主体にした目先の変わったRPG作品を作ってみたいとの思いから、アドベンチャー的なRPGを目指して『ロマンシア』(1986年10月発売)を生み出した[1]。木屋は「そうすれば、アドベンチャー的なRPGのいい作品がどんどん出てくるかもしれないと思った」と述べている[1]。次作『ドラゴンスレイヤーIV ドラスレファミリー』(1987年7月発売)は、木屋作品唯一のファミコンソフトとなったが、この作品で表現されたゲーム性について木屋は、「敵が強いのがいいゲームじゃないんだぞということを、(当時の)ファミコンユーザーにも少しでもわかってもらいたかっただけなんです」と述べている[1]。
『ソーサリアン』(1987年12月発売)は、『ロマンシア』のゲームシステムの発展改良型で、これまでのゲームの魔法が主人公のレベルアップや経験を積むことによって、コンピュータが勝手に魔法をくれることに違和感を憶えて、新しい魔法システムのアクションRPGとして開発した[1]。当時のインタビューで、木屋はゲーム作品を製作するにあたり、最初に核となる部分を作り込んでから、頭の中で湧いてきた多くのアイデアをできるかぎり作品に取り込んでいくという手法を採っているという[1]。また、「本当に作りたいのは、(プレイヤー一人一人が)自由にゲームができるシステム」のものをやってみたいと抱負を述べている[1]。
なお、木屋の退社後に『リバイバルザナドゥ』や『新英雄伝説』などリメイク作品や派生作品が発売されているが、これらは「ドラゴンスレイヤー」を冠していない。
- ギャラクティック・ウォーズ1
- ぱのらま島
- ドラゴンスレイヤーシリーズ
- ぽっぷるメイル - ディレクター
- ブランディッシュ - ディレクター
- ブランディッシュ2 - ディレクター
- ドラゴンスレイヤー英雄伝説II - ディレクター
対談記事など
- アスキー書籍編集部(編集)『蘇るPC-8801伝説 永久保存版』アスキー、2006年。ISBN 978-4756147301。