木村忠寛

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木村 忠寛(きむら ただひろ、1952年12月24日 - )は、フジテレビの元プロデューサー演出ディレクター[1]実業家である。 プロデューサー退任後はフジテレビ映像企画部長、ライツ開発局企画部長を務めた。 妻は歌手城之内早苗

獨協大学経済学部卒業後、1975年フジテレビ入社。石田弘率いる石田班に所属。

とびだせものまね大作戦』や『夕やけニャンニャン』(金曜日担当)のディレクター等を経て、1987年井上信悟の後任として『ものまね王座決定戦』のプロデューサーに就任。制作部に木村班を組み『ものまね王座決定戦』などを担当『ものまね四天王ブーム』を巻き起こす。『ものまね王座決定戦』の審査員に、出場者に酷評をする針すなお淡谷のり子らを起用したり、他にもバラエティーに飛んだ様々なジャンルから審査員を選出起用した。また、トーナメントで同点になった際のじゃんけん対決の発案も提案した。完璧主義者かつ荒っぽい言動で知られ、部下のスタッフや若手出演者には恐れられていた。『ものまね王座決定戦』全盛期に若手であった松村邦洋は、収録中や収録後に説教されることがほぼ恒例だったと、後に語っている。しかし、女性出演者には甘かったという[2]。第14回では、同点ジャンケンなどの運も味方していたが、頭数合わせ程度の存在でしかないC.C.ガールズを優勝させてしまっている。

のちに出場者のコロッケらと対立し、コロッケやその他のタレント[3]の離脱を起こしてしまう。以降、『ものまね王座決定戦』の視聴率は下降線を辿り、ライバル番組の『ものまねバトル』に視聴率で抜かれ、第31回を最後にプロデューサーは水口昌彦に交代。第32回を最後に打ち切りとなった。

『ものまね王座決定戦』の他、『新春かくし芸大会』や『おそく起きた朝は…』等を手がけた。

放送作家とは秋元康沢口義明・大村たかゆき・だいもん孝之等とタッグを組んだ。

人事にて制作局を離れ映像企画事業部に異動。『夕やけニャンニャン』などのDVD制作をも担当した。

2004年12月、元おニャン子クラブの城之内早苗と年齢差16歳の結婚をした[4]

2011年、フジテレビが運営協力しているハウステンボスでプロデューサーを務めた。

フジテレビを定年退職後は、下記のFM横浜の番組に関わっている。

2019年に制作会社である株式会社クリエーションを立ち上げ代表取締役に就任し制作現場でプロデューサー・ディレクターとして活躍している[5]

主な番組

映像企画部時代に携わった作品

関連項目

脚注

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