木村忠寛
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獨協大学経済学部卒業後、1975年フジテレビ入社。石田弘率いる石田班に所属。
『とびだせものまね大作戦』や『夕やけニャンニャン』(金曜日担当)のディレクター等を経て、1987年に井上信悟の後任として『ものまね王座決定戦』のプロデューサーに就任。制作部に木村班を組み『ものまね王座決定戦』などを担当『ものまね四天王ブーム』を巻き起こす。『ものまね王座決定戦』の審査員に、出場者に酷評をする針すなおや淡谷のり子らを起用したり、他にもバラエティーに飛んだ様々なジャンルから審査員を選出起用した。また、トーナメントで同点になった際のじゃんけん対決の発案も提案した。完璧主義者かつ荒っぽい言動で知られ、部下のスタッフや若手出演者には恐れられていた。『ものまね王座決定戦』全盛期に若手であった松村邦洋は、収録中や収録後に説教されることがほぼ恒例だったと、後に語っている。しかし、女性出演者には甘かったという[2]。第14回では、同点ジャンケンなどの運も味方していたが、頭数合わせ程度の存在でしかないC.C.ガールズを優勝させてしまっている。
のちに出場者のコロッケらと対立し、コロッケやその他のタレント[3]の離脱を起こしてしまう。以降、『ものまね王座決定戦』の視聴率は下降線を辿り、ライバル番組の『ものまねバトル』に視聴率で抜かれ、第31回を最後にプロデューサーは水口昌彦に交代。第32回を最後に打ち切りとなった。
『ものまね王座決定戦』の他、『新春かくし芸大会』や『おそく起きた朝は…』等を手がけた。
放送作家とは秋元康・沢口義明・大村たかゆき・だいもん孝之等とタッグを組んだ。
人事にて制作局を離れ映像企画事業部に異動。『夕やけニャンニャン』などのDVD制作をも担当した。
2004年12月、元おニャン子クラブの城之内早苗と年齢差16歳の結婚をした[4]。
2011年、フジテレビが運営協力しているハウステンボスでプロデューサーを務めた。
フジテレビを定年退職後は、下記のFM横浜の番組に関わっている。
2019年に制作会社である株式会社クリエーションを立ち上げ代表取締役に就任し制作現場でプロデューサー・ディレクターとして活躍している[5]。
主な番組
- オールスターものまね王座決定戦(演出・プロデューサー・ディレクター)
- オールスター爆笑ものまね紅白歌合戦!!スペシャル(総合演出・プロデューサー)
- ものまねくらぶ(演出・プロデューサー)
- ものまね珍坊(演出・プロデューサー)
- 世界の超豪華・珍品料理(演出・プロデューサー・ディレクター)
- オールナイトフジ(演出ディレクター)
- 夕やけニャンニャン(金曜日担当ディレクター)
- 桃色学園都市宣言!!(演出ディレクター)
- FNS歌謡祭(中継ディレクター)
- フジテレビ紅白歌合戦(1991年)(演出・プロデューサー・ディレクター)
- 新春かくし芸大会(企画出し物コーナー演出ディレクター)
- パラダイスぽんち(演出・プロデューサー)
- 激突 なりきりスター天下とったる歌合戦!(1997年)(チーフプロデューサー)
- 芸能界麻雀最強位決定戦 THEわれめDEポン(2015年、企画統括)
- ハートフルラジオ 虫の知らせ(2020年7月 - 、FMヨコハマ) - 演出・プロデューサー[6]
- ハートフルTV 虫の知らせ(2024年4月 - 、BSフジ) - 制作プロデューサー[7]
- 言ったもん勝ち!だもん(2024年5月 - 、FMヨコハマ) - 演出・プロデューサー