木村正明
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岡山大学教育学部附属小学校・中学校、岡山県立岡山朝日高等学校、東京大学法学部を卒業して1993年ゴールドマン・サックスに入社。
2002年、同社債券営業部長、2003年、同社マネージングディレクター(執行役員)就任(同年就任の中で最年少)。
2005年、当時NPO法人だったファジアーノ岡山の専務理事(現同クラブ取締役)を務めていた小学中学時代の友人・森健太郎(岡山学芸館高校・清秀中学校理事長)から寄付の依頼を受けたことで、ファジアーノとの交流が生まれる[2]。2006年7月、負債を抱えたNPOの清算と共に、クラブを株式会社化し、代表取締役に就任[2]。
木村が社長に就任した当時のファジアーノは、資本金500万円に対し負債が1000万円超、スポンサーはわずか6社で、年間予算はわずか400万円(同年の営業活動により、最終的に1200万円)という、プロクラブとしての体をなしていない経営状況だった。営業努力により就任翌年の2007年にはスポンサーを200社、年間収入を9000万円にまで上げ、地域リーグ所属(当時)としては初のJリーグ準加盟を果たす。更にJFLへ昇格した2008年には、スポンサーを260社、年間予算を2億3000万にまで増額。この年JFLで4位となり、社長就任からわずか3年でのJリーグ加盟を果たすとともに、収支も初めて黒字に届かせた。
2018年2月、3月26日付でファジアーノ岡山の代表取締役を退任し、翌27日付で日本プロサッカーリーグの専務理事に就任すると発表された[3]。
2022年3月で日本プロサッカーリーグの専務理事を退任し、その後は株式会社ファジアーノ岡山スポーツクラブのファウンダー・筆頭株主(オーナー)として同クラブをサポートしている[4]。
2023年6月1日、東京大学先端科学技術研究センターの特任教授に就任した。プロクラブの社会的価値やスタジアム・アリーナが地域に与える効果などを分析していくという[5]。
2024年12月7日、チームは悲願のJ1昇格を果たす。
2025年5月、著書「プロスポーツ経営 収入獲得マニュアル」を出版(第四版)。