木部直方 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 安土桃山時代 - 江戸時代初期生誕 元亀2年(1571年)[注釈 1]死没 寛永10年6月5日(1633年7月10日)[1]改名 直時[1]、直方 凡例木部直方時代 安土桃山時代 - 江戸時代初期生誕 元亀2年(1571年)[注釈 1]死没 寛永10年6月5日(1633年7月10日)[1]改名 直時[1]、直方別名 文次郎[1]、藤左衛門[1]戒名 清閑[1]墓所 栄松院(東京都文京区)[1]幕府 江戸幕府主君 徳川家康、秀忠、家光氏族 木部氏子 直春、直重、木部文右衛門の室、水野間右衛門の室テンプレートを表示 木部 直方(きべ なおかた)は、戦国時代から江戸時代初期の武将。徳川氏の家臣。 『寛政重修諸家譜』によれば、幼少期に父を亡くしたために遠江国浜松に住し、秋葉山本宮秋葉神社の先達職であった叶坊に育てられた[1]。天正9年(1581年)、徳川秀忠が3歳になった折、叶坊の推薦によって徳川家康に拝謁し、当時11歳であった直方は御伽として出仕し、御番を務めた[1]。後年、相模国大住郡に200石を領し、また代官も務めた[1]。 寛永10年(1633年)6月5日、63歳で没[1]。家督は長男の直春が継いだ[1]。直系はのちに改易されるが、庶流2家(直方の次男・直重の系統、直春の次男・直良の系統)が『寛政譜』編纂時点で旗本として存続している。 脚注 [脚注の使い方] 注釈 ↑ 『寛政譜』記載の没年・享年からの逆算。 出典 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 『寛政重修諸家譜』巻第五百九十九「木部」、国民図書版『寛政重修諸家譜 第四輯』p.133。 関連項目 木部貞朝 - 上州の国人。直方をその甥とする系譜がある。 Related Articles