鮮卑拓跋部の拓跋力微(在位:220年 – 277年)の末年、略奪に出た騎兵が一人の奴隷を捕えた。奴隷の頭髪は眉と同じ高さでそろっており、元の姓名を忘れていたので、奴隷の主人はその見た目(辮髪)からか“木骨閭”(ハゲ頭)という字を付けた。
木骨閭は壮年になると、奴隷から解放されて騎卒となった。
拓跋猗盧(在位:308年 - 316年)の時代、期限に遅れた罪を問われて斬刑に処せられるところ、広大な砂漠(ゴビ砂漠)や渓谷の間を逃げ隠れながら、刑罰から逃れた者たちを集めて、百人余りを得ると高車紇突隣部を頼った。
木骨閭が亡くなると、子の車鹿会が立った。