日本大学芸術学部音楽学科の講師を務め、平野和や小川雄亮を輩出した[2][3]。
日本声楽発声学会の会長も務めた。会長任期中の2014年、学会50周年記念として、理事豊田喜代美と共に発議し、同学会の沖縄支部が発足した[4]。2016年5月末日を以て退任し[5]、6月から永井和子が後を継いだ[6]。
2020年4月18日、新型コロナウイルスに感染していることが判明し、同日入院した。歌手として一生鍛え続けた証拠に喉を残したい、と人工呼吸器の装着を拒否。同月27日に亡くなった[7][8][9][10]。83歳没。