本城 (石見国)

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城郭構造 山城
築城主 高橋師光
築城年 康安元年(1361年)
主な城主 高橋氏
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本城
島根県
本城遠景
本城遠景
城郭構造 山城
築城主 高橋師光
築城年 康安元年(1361年)
主な城主 高橋氏
廃城年 享禄3年(1530年)ごろ
遺構 土塁、堀切、連続竪堀、櫓台
指定文化財 未指定[1][2]
埋蔵文化財
包蔵地番号
島根県No.H30[3]
再建造物 なし
位置 北緯34度51分26.8秒 東経132度30分38.5秒 / 北緯34.857444度 東経132.510694度 / 34.857444; 132.510694座標: 北緯34度51分26.8秒 東経132度30分38.5秒 / 北緯34.857444度 東経132.510694度 / 34.857444; 132.510694
本城の位置(島根県内)
本城
本城
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本城(ほんじょう)は、現在の島根県邑智郡邑南町下田所にあった日本の城。自治体による史跡指定は受けていない[1][2]

康安元年(1361年)、藤掛城城主高橋師光二ツ山城を攻略し、出羽氏より出羽郷の地を獲ると、二ツ山城には入らず、本城を築いて藤掛城より移った。その後、高橋氏は本城を本拠地として安芸国高田・山県郡方面に領土を拡大していった。

しかし、永正12年(1515年)、高橋元光が戦死したことで急速に衰え、享禄2年(1529年)に、高橋興光毛利元就の策謀によって討たれ、本城の高橋氏は滅ぶことになる。

城跡は二度と使われることがないよう、毛利軍によって破壊された。本丸跡地は掘り切られており、現在でもその痕跡が確認できる。

脚注

関連項目

外部リンク

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