本願寺長野別院

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所在地 長野県長野市西後町1653
位置 北緯36度39分13.8秒 東経138度11分11.3秒 / 北緯36.653833度 東経138.186472度 / 36.653833; 138.186472座標: 北緯36度39分13.8秒 東経138度11分11.3秒 / 北緯36.653833度 東経138.186472度 / 36.653833; 138.186472
寺格 別院
本願寺長野別院

所在地 長野県長野市西後町1653
位置 北緯36度39分13.8秒 東経138度11分11.3秒 / 北緯36.653833度 東経138.186472度 / 36.653833; 138.186472座標: 北緯36度39分13.8秒 東経138度11分11.3秒 / 北緯36.653833度 東経138.186472度 / 36.653833; 138.186472
宗旨 浄土真宗本願寺派
寺格 別院
本尊 阿弥陀如来
創建年 建久2年(1191年)
別称 西本願寺長野別院
公式サイト 本願寺長野別院
法人番号 3100005000809 ウィキデータを編集
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本願寺長野別院(ほんがんじ ながのべついん)は、長野県長野市にある浄土真宗本願寺派の寺院。同派の別院。善光寺七寺に挙げられる場合がある。

寺伝によれば、開基は信濃源氏若槻重勝により、建久2年(1191年)に善光寺山内に深谷山蓮華院正法寺として創建された。また、普門山とも称していた。重勝は同9年(1198年)に出家して知覚を名乗り、建暦2年(1212年)の親鸞の善光寺参詣の際にその弟子となり、「証誓」という法名を授かり、自領の水内郡若槻荘東条に庵を結び正法寺も遷移した。

1580(天正8)年、第7世釋明誓が長門町(現在の長野市)に出て正法寺を創建し、1636(寛永13)年、釋明誓のとき現在地の西後町に移転し、1772(安永元)年、第11世釋観式のとき旧本堂が建立された。

中野騒動を歴た1871(明治4)年には、長野県が発足し、近代学校の内容をもった長野県初めての「長野県学校」が正法寺に開設され、近代学校の嚆矢となった。続いて各地に郷学校が設立されると、学制発布による小学校設置までその中心校の役割を果たした。教員は旧松代藩士山寺常山ら7名で漢学、算術などを教授した。こうした歴史があり、地域に密着した寺院として機能していた。

1925(大正14)年長野教区教務所が設置されると、正法寺は本願寺の直属寺院となり、本願寺長野別院に改称した。

1974(昭和49)年、「親鸞聖人御誕生800年・立教開宗750年・長野別院創立50年慶讃記念事業」として現在の本堂を建立。大谷光照門主(当時)親修により『長野別院本堂落成慶讃法要』が勤修される。

1995(平成7)年、本堂を再整備し、内陣・外陣、本堂内外装を一新して、大谷光真門主(当時)御親修で『長野別院創立70周年記念法要』が勤修される。

境内

参考文献

関連項目

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