朱良才
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土地革命戦争期
土地革命戦争期には、中国工農紅軍第4軍軍部秘書、同軍第31団第1営連(中隊)党代表、中共永興県区党委員会書記などを歴任。黄洋界の戦いにも参加した。1929年初頭には毛沢東や朱徳と共に江西省南部・福建省西部へ進軍し、中央革命根拠地の建設に貢献した。同年12月には古田会議に出席。1930年には紅1方面軍第3軍第9師政治委員に任命され、第1次・第2次囲剿作戦に参加し、戦闘中に右腕に負傷を負った。
1932年7月、紅5軍団第15軍政治委員に就任し、贛州戦役、漳州戦役、水口戦役などで指揮を執る。1933年には中華ソビエト共和国第2回全国代表大会により2等紅星奨章を授与された。同年、紅1方面軍第14師政治委員として中央ソビエト区の第5次囲剿作戦に参加。1934年には紅5軍団第34師政治部主任を務めた。長征中は、中革軍委総衛生部政治委員兼政治部主任として、医療救援活動を主導した。
日中戦争期
日中戦争(抗日戦争)が勃発すると、朱良才は晋察冀軍区第3支隊政治委員、同軍区第3軍分区政治委員兼政治部主任を歴任。その後、晋察冀軍区政治部副主任、副政治委員、華北軍政大学副政治委員兼政治部主任などを務め、抗日戦線で活躍した。