杉並区立杉並第一小学校
東京都杉並区にある小学校
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杉並区立杉並第一小学校(すぎなみくりつすぎなみだいいいちしょうがっこう)は、東京都杉並区の公立小学校。1875年(明治8年)に開校[1]。杉並区の公立小学校では一番古い。
| 杉並区立杉並第一小学校 | |
|---|---|
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北緯35度42分21秒 東経139度38分13秒 | |
| 過去の名称 | 杉並第一尋常小学校、杉並第一国民学校 |
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 | 東京都杉並区 |
| 設立年月日 | 1875年4月 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 学校コード | B113211500017 |
| 所在地 |
〒166-0001 東京都杉並区阿佐谷北1-5-27 |
| 外部リンク | 公式サイト |
地理
東京都杉並区阿佐谷北に属する。阿佐ケ谷駅から中杉通り(都道427号瀬田貫井線で補助第133号線)を北に100mほど進んだ場所に位置する。 開校当初は馬橋村(現在の梅里)に学校があった。
概要
杉並第一小学校は、明治8年(1875年)、かつての馬橋村(現在の梅里周辺)の馬橋清見寺本堂に「桃園(とうえん)学校(後の中野区立桃園小学校)第一番分校」として開校し、明治9年(1876年)に「桃野(とうや)学校」として独立した。開校当時の児童数は55人であったが、その後の児童数の増加で、明治17年(1884年)に現在の場所に移設された。[2](数年後の3月にプールが完成した。)
昭和22年(1947年)に「杉並第一小学校」となった。1947年 - 1949年ごろに全校生徒数のピークを迎える。その後、少子化に伴って、平成14年(2002年)に全校児童数が最少になる[2]。
平成27年(2015年)現在、累計卒業生は、12,481人である[2]。
現在の概要
教育目標としては、「心の豊かな子ども」「進んで学ぶ子ども」「体をきたえる子ども」である[1]。
また、学校の合言葉は、 「オンリー1があふれている学校」である。
現在地から近隣の河北総合病院跡地へ移転・改築する計画が進められている[3]。阿佐谷児童館は、当校より早く阿佐ヶ谷けやき公園跡地に移転した。旧阿佐谷児童館跡地の用途は未定である。
児童数は現在、(令和8年度)314名である
また、いじめや校内暴力が少ない学校として有名である。
地域のイベントである、阿佐谷ジャズストリートへの参加もしている。
給食
杉並区では栄養を取るために週に1~4回程麦飯を出している。
2021年度には全国各地の郷土料理(現在も続いている)、2022年度には世界の料理を出してコロナで世界、全国各地に行けなくても給食で再現している。(いずれも、現在も続いている。)
歴史
- 1875年(明治8年): 桃園学校の分校として開校(開校当初の児童数は50〜55人ほど)。
- 1884年(明治17年): 現在の場所(阿佐谷北1丁目)に新校舎を建築し移転。この頃から児童数が増加(のちに1,000人を超える時期も経験)。
- 1925年(大正14年): 開校50周年を迎える。
- 1927年(昭和2年): 新しい校歌を制定。
- 1947年(昭和22年): 学制改革により、現在の「杉並区立杉並第一小学校」に改称。
- 1957年(昭和32年)〜1965年(昭和40年): 校舎のRC造(鉄筋コンクリート)化への改築工事が順次行われ、プールなども整備。
- 1975年(昭和50年): 開校100周年を迎える。
- 1927年(昭和2年): 給食室・校庭の改修、コンピュータ教室の整備。
- 2011年(平成23年): 耐震補強工事が完了。
- 2025年(令和7年): 創立150周年を迎える。併せて、移転改築工事の設計に着手。
移転、改築工事
学校運営協議会や地域住民から慎重論や反対意見が強く出され、区長交代(岸本聡子区長の就任)時にも対話の場(まちづくりを振り返る会など)が設けられるなど、政治・地域コミュニティを巻き込んだ大きなテーマとなった。
