杉並区立杉並第一小学校

東京都杉並区にある小学校 From Wikipedia, the free encyclopedia

杉並区立杉並第一小学校(すぎなみくりつすぎなみだいいいちしょうがっこう)は、東京都杉並区の公立小学校。1875年明治8年)に開校[1]。杉並区の公立小学校では一番古い。

過去の名称 杉並第一尋常小学校、杉並第一国民学校
国公私立の別 公立学校
設立年月日 1875年4月
概要 杉並区立杉並第一小学校, 過去の名称 ...
杉並区立杉並第一小学校
北緯35度42分21秒 東経139度38分13秒
過去の名称 杉並第一尋常小学校、杉並第一国民学校
国公私立の別 公立学校
設置者 東京都杉並区
設立年月日 1875年4月
共学・別学 男女共学
学校コード B113211500017 ウィキデータを編集
所在地 166-0001
東京都杉並区阿佐谷北1-5-27
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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地理

東京都杉並区阿佐谷北に属する。阿佐ケ谷駅から中杉通り(都道427号瀬田貫井線で補助第133号線)を北に100mほど進んだ場所に位置する。 開校当初は馬橋村(現在の梅里)に学校があった。

概要

杉並第一小学校は、明治8年(1875年)、かつての馬橋村(現在の梅里周辺)の馬橋清見寺本堂に「桃園(とうえん)学校(後の中野区立桃園小学校)第一番分校」として開校し、明治9年(1876年)に「桃野(とうや)学校」として独立した。開校当時の児童数は55人であったが、その後の児童数の増加で、明治17年(1884年)に現在の場所に移設された。[2](数年後の3月にプールが完成した。)

昭和22年(1947年)に「杉並第一小学校」となった。1947年 - 1949年ごろに全校生徒数のピークを迎える。その後、少子化に伴って、平成14年(2002年)に全校児童数が最少になる[2]

平成27年(2015年)現在、累計卒業生は、12,481人である[2]

現在の概要

教育目標としては、「心の豊かな子ども」「進んで学ぶ子ども」「体をきたえる子ども」である[1]

また、学校の合言葉は、 「オンリー1があふれている学校」である。

現在地から近隣の河北総合病院跡地へ移転・改築する計画が進められている[3]。阿佐谷児童館は、当校より早く阿佐ヶ谷けやき公園跡地に移転した。旧阿佐谷児童館跡地の用途は未定である。

児童数は現在、(令和8年度)314名である

また、いじめや校内暴力が少ない学校として有名である。

地域のイベントである、阿佐谷ジャズストリートへの参加もしている。

給食

杉並区では栄養を取るために週に1~4回程麦飯を出している。

2021年度には全国各地の郷土料理(現在も続いている)、2022年度には世界の料理を出してコロナで世界、全国各地に行けなくても給食で再現している。(いずれも、現在も続いている。)

歴史

  • 1875年(明治8年) 桃園学校の分校として開校(開校当初の児童数は50〜55人ほど)。
  • 1884年(明治17年): 現在の場所(阿佐谷北1丁目)に新校舎を建築し移転。この頃から児童数が増加(のちに1,000人を超える時期も経験)。
  • 1925年(大正14年) 開校50周年を迎える。
  • 1927年(昭和2年) 新しい校歌を制定。
  • 1947年(昭和22年) 学制改革により、現在の「杉並区立杉並第一小学校」に改称。
  • 1957年(昭和32年)〜1965年(昭和40年) 校舎のRC造(鉄筋コンクリート)化への改築工事が順次行われ、プールなども整備。
  • 1975年(昭和50年) 開校100周年を迎える。
  • 1927年(昭和2年) 給食室・校庭の改修、コンピュータ教室の整備。
  • 2011年(平成23年) 耐震補強工事が完了。
  • 2025年(令和7年): 創立150周年を迎える。併せて、移転改築工事の設計に着手。

移転、改築工事

学校運営協議会や地域住民から慎重論や反対意見が強く出され、区長交代(岸本聡子区長の就任)時にも対話の場(まちづくりを振り返る会など)が設けられるなど、政治・地域コミュニティを巻き込んだ大きなテーマとなった。

関係者

出身者

外部リンク

脚注

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