杉大方の資料は少なく、その人物を伺うことは難しい。しかし、元就が息子らへ宛てた書状の中に、杉大方への強い思いを伝える記載がある。
「吾は、五歳で母に別れ、十歳で父を失った。十一歳の時、兄の興元が京都に上ったので、みなし児になってしまった。 杉の大方殿はあまりの不憫の思ったのか、多治比に留まって見捨てられずに私を育ててくれた。そのため、若い身の上なのに再婚もしないで貞女を遂げられた。」
安芸高田市の清神社に椙若社という社があり、これは元就が杉大方の菩提を弔うために建立したと、『芸藩通志』に記されている。