京都生まれ。京都市立紫野高等学校卒、京都大学文学部西洋史学科卒、同大学院博士課程中退[1]、静岡大学助教授、1998年大阪大学文学部助教授、教授を経て2002年より現職。
2006年から、1973年に死去した大伴昌司の仕事場に遺されていた膨大な原稿や原画などが、京都大学文学部二十世紀学研究室に寄託され、デジタルアーカイブ化に2008年4月から取り組み、順次公開することになっていたというが、その後、公開は実現しておらず資料も残っていない[2]。
また、2008年から円谷プロダクションの協力を得て、1960年代~1970年代前半のウルトラ番組の企画・制作に関わった人びとに対して、聞き取り調査をおこなっていたというが、やはり、その後、公開されていない[3]。