杉浦三郎兵衛
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近江国高島郡出身の内海清兵衛が京に出て行商を始め、寛文3年(1663年)に三条通富小路西入中之町で呉服商として創業[1][3]。京都では呉服の仕入店を、江戸では営業店をそれぞれ開店し、京都「呉服店廿軒組」、江戸「十組諸問屋」に所属するほど発展し、京店(本店)・江戸石町店・江戸本所店・岐阜店・大坂店の五店舗を設けるなど、有数の豪商に成長した[1][3]。石門心学を基にした経営理念のほか、店員のほとんどが高島郡の農家出身で、満期奉公した者をすべて大黒屋別家とするなど特色ある経営で繁栄した[3]。明治に入ると京都店、東京石町店以外は閉店し、二店舗体制で営業を続け[1]、明治44年(1911年)には満州、朝鮮でも商いを始めた[5]。大正7年ころに杉浦商店と名を変え、大正12年(1923)には資本金20万円の株式会社杉浦商店を設立して東京を本店、京都を出張所に変更[3]。京都店は休業状態となって昭和31年(1956)に処分されたが、東京店は大黒屋の大と三郎兵衛の三をとって「大三株式会社」と名を変え、不動産業として存続している[3]。
