杉谷泰造
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父親の影響で6歳から馬術競技を始める[1]。17歳でオランダにあるヘンク・ノーレン厩舎へ拠点を移した後[1]、20歳のときに1996年アトランタオリンピックに出場[1][2]。2004年アテネオリンピックでは日本人選手として戦後最高の16位[1]。2008年北京オリンピックでは29位[1]。
小学2年生の時に、日本中央競馬会の役員から騎手への転向を打診されたこともあったが、杉谷は「ボクは乗馬の発展に尽くしたい」として断ったいきさつがある[2]。父の昌保は武邦彦と親交があり[2]、武幸四郎は過去に実家である杉谷乗馬クラブを訪れた事もある[2]。
2016年6月、リオデジャネイロオリンピック代表に選ばれた[5][6]。8月の大会では障害飛越と団体に出場、夏季オリンピックは6大会連続出場となり、日本選手最多(連続)記録を更新したが、いずれも予選落ちに終わった[7][8]。
東京オリンピックは馬の健康状態に不安があるとして落選した[9]が、パリオリンピックで2大会ぶり7度目の出場を果たした[10]。